Vol. 189(2003/8/31)

[今日の事件]モグラ、捕まえ放題?

先日の朝日新聞の読者欄に次のような投稿が掲載されていました(2003年8月21日、東京版)。「量販店の園芸用品コーナーに、モグラを捕獲するわながあるのを見てショックを受けた。生き物を不必要に殺すことが、植物や自然を愛することとは言えない。」
これを読むまでは、不覚にも私はモグラも鳥獣保護法の対象であり、その捕獲には都道府県知事の許可が要るものと思っていました。実際にはそうでもないようで、インターネットで検索してみると、モグラ捕獲トラップを販売しているサイトがいくつも見つかります。このトラップは、モグラの行動パターンを利用した単純な装置で、特に画期的な発明ではありません。


問題は、「誰でも無許可でモグラ捕獲をしていいのかどうか」です。
野生動物の捕獲に関する法律は「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」、通称「鳥獣保護法」です。この法律は旧名称を「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」と言いましたが、2002年に改正され、既に施行されています。旧法はカタカナ書きで読みにくいものでしたが、改正された「鳥獣保護法」ではひらがな文になり、内容も大幅に整理されました。以下では改正「鳥獣保護法」にしたがって解説していきます。
法律と関連する施行令、施行規則の全文は「法令データ提供システム」(総務省行政管理局)で読むことができます。

さて、改正「鳥獣保護法」では、旧法にあった「有害駆除」の記述が消えてしまっています。改正法では第9条の「農林水産業又は生態系に係る被害の防止の目的」での捕獲、がこれに対応するようです。
モグラの捕獲はこの第9条とは別の所に記述があります。

第13条
農業又は林業の事業活動に伴い捕獲等又は採取等をすることがやむを得ない鳥獣若しくは鳥類の卵であって環境省令で定めるものは、第九条第一項の規定にかかわらず、環境大臣又は都道府県知事の許可を受けないで、環境省令で定めるところにより、捕獲等又は採取等をすることができる。

そして、「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律施行規則」第12条には「法第十三条第一項の環境省令で定める鳥獣又は鳥類の卵は、次の表に掲げる鳥獣とする」として、モグラ科全種、ネズミ科全種(ドブネズミ、クマネズミ、ハツカネズミを除く)が挙げられています。
ネズミ科について補足しておきますと、改正法第80条には「環境衛生の維持に重大な支障を及ぼすおそれのある鳥獣」は同法が適用されないと書かれており、「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律施行規則」第78条でそれが「ドブネズミ、クマネズミ、ハツカネズミ」であることが定義されています。つまり、このネズミ3種については最初から保護の対象外、ということです。

モグラの話に戻りますと、法律では「農林業でモグラ・ネズミ被害が出ている場合、その捕獲には行政の許可は必要ない」ということになります。なるほどモグラを捕まえても問題はないのだ、と早とちりしないでください。法律で許されているのは農林業に関係する場合だけであって、それ以外ではやはり行政の許可が必要となるのです。例えば、庭にモグラが来るから、ゴルフ場を荒らすから、といった理由では無条件に捕獲はできないのです。
鳥獣保護法についての説明無しにモグラ捕獲トラップが売られているとするば問題です。また、普通の小売店で簡単に購入できるというのも問題無しとは言えないでしょう。


問題はこれだけではありません。
改正法第7条では、「希少鳥獣」は特定鳥獣保護管理計画で保護しなければならないとされています。その「希少鳥獣」は「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律施行規則」別表第二で定義されており、モグラ科ではセンカクモグラ(種)、エチゴモグラ(亜種)、ネズミ科ではセスジネズミ(種)、オキナワトゲネズミ(亜種)、アマミトゲネズミ(亜種)、ケナガネズミ(種)が掲載されています。これらは保護されるべき動物ですので、農林業被害があったとしても無条件に捕獲できるものではありません。
これらのモグラ・ネズミは名前からもわかるように特定の地域だけしか生息しておらず、現実的には農林業被害は発生していないのかもしれません。しかし、これは上記の「農業又は林業の事業活動に伴い捕獲等又は採取等をすることがやむを得ない鳥獣=モグラ科全種、ネズミ科全種」と矛盾する記述です。

さらに、希少動物をリストアップした日本版レッドリストには、以下のようなモグラ・ネズミが挙げられています。
出典:「レッドリスト・レッドデータブックについて」(環境省自然環境局野生生物課)

●絶滅危惧IA類(CR)
ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの。

センカクモグラ Nesoscaptor uchidai
セスジネズミ Apodemus agrarius
オキナワトゲネズミ Tokudaia osimensis muenninki

●絶滅危惧IB類(EN)
IA類ほどではないが、近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの。

アマミトゲネズミ Tokudaia osimensis osimensis
ケナガネズミ Diplothrix legata

●絶滅危惧Ⅱ類(VU)
絶滅の危険が増大している種。現在の状態をもたらした圧迫要因が引き続き作用する場合、近い将来「絶滅危惧I類」のランクに移行することが確実と考えられるもの。

エチゴモグラ Mogera tokudae etigo

●準絶滅危惧(NT)
存続基盤が脆弱な種。現時点での絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては「絶滅危惧」として上位ランクに移行する要素を有するもの。

ヒワミズラモグラ Euroscaptor mizura hiwaensis
フジミズラモグラ Euroscaptor mizura mizura
シナノミズラモグラ Euroscaptor mizura ohtai
サドモグラ Mogera tokudae tokudae
ミヤマムクゲネズミ Clethrionomys rex montanus
リシリムクゲネズミ Clethrionomys rex rex

「準絶滅危惧」のランクには鳥獣保護法の「希少動物」以外の種・亜種の名が挙げられています。例えばミズラモグラ3亜種は本州の山地に、ムクゲネズミ2亜種は北海道そ森林にすむ種類です。上記のどの種類も生息範囲が限られていますので、ほとんどの地域ではモグラ・ネズミ捕獲にあたって特に気をつける必要はないでしょう。逆に生息地域が限られているということは、その地域ではかなり慎重に対処しなければならないことになります。たとえ農林業のための駆除だとしても、こういったことは周知されていなければならないはずです。実際はどうなのでしょう?
そもそも、鳥獣保護法という1つの法律の中で「捕獲していい動物」と「保護しなければならない動物」がだぶっているというのは奇妙なことです。この矛盾は早く解消すべきでしょう。


モグラについて、最後にちょっと補足しておきますと、日本で普通に見られるモグラは以下の3種です。

アズマモグラ(主に東日本)
コウベモグラ(中部以西)
ヒミズ(本州〜九州)

他に生息数が少ないヒメヒミズ、ミズラモグラ、サドモグラの3種がいて、日本には合計6種がいます。これらはさらに地域別に亜種に分かれていて、それぞれに名前がついています(例えば、上記レッドリストにあるように、ミズラモグラは3亜種(説によっては2亜種)に分類されます)。ややこしいですね。
モグラにしてもネズミにしても、詳しく研究されている分野ではないようです。これからももっといろいろな発見がありそうな動物と言えるでしょう。


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