Vol. 191(2003/9/14)

[今日の観察]昆虫採集で昆虫が絶滅する?

今年の夏は仕事がなかったせいでトンボ三昧な日々が続いた私です。おかげでトンボの資料がたくさんたまりました。
そんなある日、都内某公園でトンボ捕りをしていたところ、見知らぬおじさんにいきなり「虫をとるんじゃない」と言われました。「ちゃんと逃がしますよ」と私は答えてそれで終わり、それ以上何があったわけではありません。
このおじさん、ひょっとして「昆虫採集をしたら昆虫が絶滅する」と思っているのでしょうか? ひょっとして、これを読んでいるあなたもそう思っていませんか?

ほとんどの昆虫の場合、多少の捕獲では生息数への影響はほとんどありません。
一般に、昆虫はたくさん卵を産みます。これは、卵から幼虫、さなぎ、成虫まで途中の段階で多くが脱落(死亡)することを前提に、最初に多く卵を産むという戦略を選択しているのです。哺乳類の場合は、子どもが独り立ちするまで親が保護しますし、体も大きいので敵は比較的少ないものです。そのため、子どもがおとなに成長する確率はかなり高くなります。昆虫は基本的に子育てはしませんし、他の動物に食べられることも多いですから、哺乳類とはまったく逆の戦略を選ばざるをえないと言えます。この「たくさん産む」という戦略はつまり、他の動物に多少食べられたりしても次の世代を残すことが可能なのです。当然、人間に捕獲されることも計算に入っているわけで、昆虫採集ぐらいでいきなり絶滅することはないのです。
もちろん、生息範囲が限られていて、生息数が少なく、絶滅のおそれがあるような昆虫も少数ながらいるわけで、そのような昆虫を捕獲するのは当然禁止です。

現実的にも、昆虫採集による影響は少ないでしょう。現在の日本の昆虫採集人口はかなり少ないからです。この夏、(主に平日でしたが)都内の公園をいくつか歩いてみて、捕虫網を持った人にはほとんど巡り合いませんでした。子どもたちが何人かと、子ども連れの親(夏休みの宿題を手伝っていたのでしょう)が何人かいたぐらいでした。それよりもはるかに多かったのは釣りをする人の数です。昆虫採集人口よりも釣り人口の方が多いのは明らかです。昆虫絶滅の心配をするよりも魚の心配をした方がいいのではないでしょうか。

多少の捕獲では絶滅しないと言ったものの、絶対安心とは言い切れないこともあります。それはビジネスがからんだ場合です。
数年前のオオクワガタのブームを覚えているでしょうか。あの時は、オオクワガタを探すために私有地に勝手に踏みこんで荒らし回ったりすることがあったようです。また、外国産のカブトムシ・クワガタムシが商売になるとわかったために、業者が東南アジアなどへ行って、カブトムシ・クワガタムシを大量に採集した例があります。
ホタルがいない所にホタルを持ってきて「観賞会」をやることがありますが、業者がホタルを掃除機ですいこんで集めていた、というひどい話もあります。
こういうビジネスがらみの話になると、限度を考えずに捕獲するために、明らかに生存の危機にさらされることになります。昆虫を「無限の資源」としか考えていないためにこういうことを平気でするのでしょう。しかし、さすがの昆虫も有限の存在であり、このような事態には対応できません。

昆虫が絶滅する可能性はもうひとつあります。それは生息環境の破壊です。
例えばチョウの場合、幼虫が食べる植物、成虫が蜜を吸いに来る植物の種類はチョウの種によってだいたい決まっています。そのような植物が無くなると、チョウは生息できなくなるのです。トンボの場合は、幼虫(ヤゴ)は水中生活をするため水が絶対に必要となります。その水も、トンボの種によって、川であったり、池であったり、植生とも関係があったりと条件はさまざまです。昆虫の種類は非常に多いため、生息に必要な環境も非常に複雑なものになります。そのため、昆虫全体を保護するには現在の環境をそのまま保全しなければならなくなるわけです。
林や森を切り開く、川の岸をコンクリートで固める、ダムを作る、いずれも昆虫にとっては最悪の環境破壊であり、確実に絶滅に追いやる方法なのです。

個人レベルの昆虫採集が生息環境に与える影響は非常に限られたものです。本当に昆虫を保護したいならば、何が良くて何が悪いのかを見極めてください。


昆虫採集の利点も最後に書いておきましょう。
最近の子どもは昆虫採集をあまりしないようですが、昆虫にもさわらずに大きくなるというのは問題があるのではないでしょうか。野生動物(イヌやネコといった飼育動物ではない)に直接さわるという経験は私でさえあまりできないことです。哺乳類や鳥類は鳥獣保護法によって原則的に捕獲できないからです。昆虫は最も身近な野生動物、それに触れる経験は大事なものだと思います。
そして、昆虫を上手に捕るには知識と知恵と体力が必要となります。その経験は自然観察や動植物学の基礎知識として役に立つものになるでしょう。これは私自身の経験からも確かです。


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