Vol. 201(2003/11/23)

[OPINION]21世紀の博物学

「博物学」というと「博物館」を連想する人が多いでしょう。では、「博物学」とはどういう意味なのでしょうか。よく意味がわかってない人が多いのではと思います。
辞書では次のように書かれています。


はくぶつがく【博物学】
[natural history]自然物、つまり動物・植物・鉱物の種類・性質・分布などの記載とその整理分類をする学問。特に、学問分野が分化し動物学・植物学などが生まれる以前の呼称。また、動物学・植物学・鉱物学などの総称。自然誌。自然史。ナチュラルヒストリー。
(三省堂「大辞林 第二版」より)


過不足ない説明ですね。これで十分理解できるでしょう。
上記のように、「博物学」は英語で言うと「natural history」となります。そういえば、自然物を扱う博物館は「museum of natural history」と言います。「history」とは「歴史」という意味ですが、この場合は「記述・記録」という意味合いになるようです。「natural history」をそのまま日本語に直したものが「自然史」あるいは「自然誌」という言葉です。ですが、日本語としてはかえってわかりにくいかもしれません。
現在の一般的な「博物学」のイメージは「19世紀的博物学」といったものでしょう。つまり、「世界中の生物を捕獲収集し、体系的に分類すること」といったものです。世界中を航海し珍しい動植物を収集する、そういうイメージです。(正確には大航海時代が始まった15世紀以降の「近世・近代の博物学」と言うべきですが、わかりやすく「19世紀的」としておきます。)
21世紀の今、主要な生物はほぼ網羅されてしまいました。そして、生物学の主流はよりミクロな世界へと移行しつつあります。もはや博物学は過去のものと思われてしまっているようです。

21世紀の今、動植物をはじめとする生物のことが何でもわかっているのかというとそうではありません。「19世紀的博物学」なら、捕獲・採集して標本にして分類するだけで十分だったかもしれません。しかし、それぞれの生物種の暮らしや行動といった生態面では今も未解明の部分が多く残されています。
例えば、タヌキのような普通の動物でも、東京都23区内にどれだけ生息し、どこに寝ぐらがあり、何を食べているのか、不明なことが非常に多いのです。あるいはスズメの場合、都会での生息数が減っていると言われることがありますが、本当に減っているのか証明する科学的な統計はありませんし、減っている原因も推測の域を出ません。
既にわかっていそうなことでも実際はわからない、ということがとても多いのです。人類未踏のフロンティアは意外にも私たちのまわりにいっぱい存在したままなのです。

この現状の中から「21世紀的博物学」のあり方が浮かび上がってきます。
「21世紀的博物学」でも、生物種の分類は基本的な知識となります。この知識が無ければそこにある生物を分析できませんからね。
「21世紀的博物学」で中心的な主題になるのは、生態の解明でしょう。1日の行動パターンは? 季節的な生活行動の変化は? 何を食べているのか? 繁殖の方法は? 子育ての方法は? 集団の構成は? 周囲の環境との関係は? 植物との関係は?——調べるべき疑問はいくらでも出てくるでしょう。こう考えると、「21世紀的博物学」には無限に近い謎が待っているということがわかるでしょう。博物学はまだまだ発展可能な学問なのです。


ああ、でも博物学は「役に立たない学問」として真っ先に切り捨てられそうな分野なんですよね。でもそうじゃない、これは多くの人に知ってほしい基本的な知識なんだ、ということを理解してもらわねばなりません。
なぜなら、生物は常に私たちのすぐそばにいる近しい存在なのですから。この生物のことを知らないというのは、目の前にあるものに目をつぶっているということなのです。世界の一部しか見ていないということなのです。私たちはもっと生物に目を向ける必要があるのです。
環境問題、特に自然環境を破壊・改変したりする土木事業、それを復元する試みといった分野では、そこに生息する生物の情報は多ければ多いほどよりよいプランが立てられるでしょう。つまり、博物学はとても重要な役割を担っていると言えるのです。

生物を知るための学問が博物学です。「博物学」を「動物学」「植物学」と言い換えてもいいでしょう。ただ、「博物学」は細分化された学問を統合する意味合いがあり、この呼び名の方がふさわしいと思います。


つい最近、養老孟司氏の「いちばん大事なこと—養老教授の環境論」(集英社新書)という本が出たばかりなのですが、ちょっと立ち読みしてみると上に書いたことと似たようなことが書かれてるんですよね。実際、養老先生の考え方と私のそれには近いものがあると思っています。皆さんも「バカの壁」なんかよりもこっちを読んでください。この本に書かれているのは、タイトル通り「いちばん大事なこと」なのです。

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