だからトンボはややこしい
最近、何かいい昆虫図鑑はないかと本屋でいろいろ探しているのですが、なかなか私のマニアックな要望に応えるものはありません。で、図鑑を見ていて、どの昆虫図鑑もトンボの記述が非常に貧弱であることに気が付きました。この程度の内容では種類の判別も難しいぞ、と私は思ってしまうのです。
何が足りないかというと、まずオスとメスの一方しか記載していない例が多いということです。トンボはオスとメスで模様が異なるというのは珍しいことではなく普通のことです。
有名な例はシオカラトンボです。オスはよく知られているように淡青色(水色)ですが、メスは黄色と黒色のタイガース模様(笑)です。別名ムギワラトンボと言われるような黄色いトンボです。
このような例は多数ありますので、図鑑の写真はオス、メス両方とも掲載すべきなのです。図鑑に足りないことのもうひとつは、「トンボは色が変わる」ということです。何のことだか意味がわからない方が多数でしょうから、次のような例をお見せしましょう。この写真のトンボの名前がわかりますか?
鮮やかなオレンジ色のこのトンボ、実はアキアカネなのです。アキアカネというと童謡に歌われた赤トンボのイメージなので、この写真はかなり意外に思われるでしょう。しかし、間違いなくこれはアキアカネなのです。
タネを明かすと、この写真はヤゴから羽化してから間もない7月上旬に撮影したものです。この後アキアカネは次第に赤く色づいていき、秋には赤くなっているというわけです。
このようなトンボの体色の変化は「未成熟(未熟)/成熟」という用語で表現されます。羽化直後の時期の体色なら「未成熟」、羽化からかなり時期が経っている場合は「成熟」というわけです。
体色が変化するトンボはこれまたかなり普通の存在で、無視できるものではありません。このことについては、普通の図鑑ではあまり書かれていないのではないでしょうか。体色が変化する好例のひとつはシオカラトンボですが、手元にいい写真がそろってないのでシオカラトンボの近縁種、オオシオカラトンボで説明してみましょう。
この写真ではオス、オス未成熟、メスが並んでいます。オス未成熟とメスの模様がそっくりであることは一見してわかるでしょう。黄色と黒のオス未成熟が成熟すると青色になるのですから不思議です。この青色は体表面が変色するのではなく、青い粉をふくことによって着色するのです。ですから、着色が不完全な状態というのも存在するわけです。
※すべてのトンボが粉をふくわけではない。アキアカネなどは体表の色が赤く変化する。
オス未成熟とメスは模様はそっくりですが、微妙に体格が違うので同じ種には見えないことがあるかもしれません。メスは腹が太いという特徴がありますが、オス未成熟の方はほっそりしていて、見慣れていないとコシアキトンボのメスにも見えてしまうのです。
ちなみにシオカラトンボの場合、メスでもうっすらと青く粉をふく個体が良く見られます。
ほんとにトンボの世界はややこしいのです。
「オス/メス」「成熟/未成熟」の外見の違いを、きちんと説明し掲載している図鑑は少ないでしょう。そのため、私はトンボの情報は普通の図鑑には頼らず、専門の図鑑を読み込むようにしているほどです。かといって、皆様に専門の高価な図鑑を紹介するわけにもいきません。そこで私がおすすめするのが、以前にも紹介した「トンボのすべて 改訂版」です。この図鑑も完璧とはいきませんが、「オス/メス」「成熟/未成熟」をある程度カバーしています。入門には手頃な図鑑と言えるでしょう。