今年の6月頃からマスコミ等で「人名漢字」がなにかと話題になっています。法制審議会の人名用漢字部会が新たに追加する人名漢字の案を発表したところ、当初案には「糞」「癌」などが含まれていて、「人名にふさわしくない」などとさわがれたあの事件です。
事件の詳細は省略して、本題に切り込むことにしましょう。
私が注目したのは、これらの文字の中に動物に関連するものが含まれてることでした。そこで、最終案となった488字と当初案から削除された88字の中に、どんな動物がいるのかを調べてみました。すると面白いことがわかってきたのです。
まずは、そのリストを見ていただきましょう。漢字の後の説明は必ずしも読み方ではなく、文字の意味を表しています。
また、*が付いた漢字は、本来の書体とパソコン用の書体とで異なることを意味しています。その場合は、同じことがらを意味する異字体で表示しています。
最終案に残った文字
・哺乳類
兎 ウサギ
犀 サイ
狼 オオカミ
豹 ヒョウ
麒 「麒麟」=キリン・鳥類
烏 カラス
燕 ツバメ
雀 スズメ
雁 ガン
鳶 トビ
鴨 カモ
鵜 ウ
鴎* カモメ
鷲 ワシ
鷺 サギ
貌 かおとり=カッコウのことか?
禽 鳥類一般のこと・両生類
蝦 カエル。または「海老(エビ)」の異字。「蝦蟇」=ガマ。ガマガエル=ヒキガエルのこと。・魚類
鰯* イワシ
鱒* マス・無脊椎動物
蜂 ハチ
蝉* セミ
螺 つび=巻貝の古名
蟹 カニ
珊 「珊瑚」=サンゴ・その他
牡 おとこ、オス
仔 動物の子ども
牙 哺乳類の歯の中で、特に大きく鋭くとがった歯。犬歯ばかりとは限らない。例えば、ゾウの牙は前歯(門歯)
鱗 うろこ
蹄 ひづめ
当初案から削除された字
・哺乳類
狐 キツネ
狗 イヌ
狸 タヌキ
鼠 ネズミ・両生類
蛙 カエル・無脊椎動物
蟻 アリ
蛭 ヒル
蜘 「蜘蛛」=クモ・その他
牝 おんな、メス
吠 ほえる。獣が大声で鳴くこと
蛋 たんぱく=卵の白身
餌* エサ
どうでしょう。このリストからはある傾向が読み取れませんか?
私が気付いたことを以下に並べてみましょう。・鳥類、魚介類は無条件でOKであるようです。これらのイメージは良いようですね。
・哺乳類は判断が分かれています。イヌ(狗)、タヌキ、キツネなど食肉目イヌ科がそろって削除。ところが同じイヌ科のオオカミだけがOKです。オオカミとそれ以外の動物のイメージの差がそれほどあるのでしょうか。
・昆虫など無脊椎動物も判断が分かれています。アリは悪いイメージらしいですね。同じ膜翅目のハチはOKなのに…。「蜂」は「蜜」とセットになっているのかもしれません。「蜂蜜ちゃん」なんて名前をつけるのでしょうか。
・「カエル」の判断が分かれたのは面白いです。なぜ「蝦」がOKで、「蛙」がダメなのか? ヒキガエルの方がイメージがいいということなのでしょうか? 「蝦夷」という使い方や、エビ(海老)の意味もあることから採用になったのでしょうか。エビならば「魚介類はOKの法則」で採用というのも理解できます。
・「牡」=「おとこ」がOKで、「牝」=「おんな」がダメなのは明らかに男尊女卑ではないでしょうか?
これらの傾向から読み取れるのは、採用か不採用かは結局、委員が持っている「イメージ」で決まってしまっているのではないか、ということです。いや、「委員の」ではなく「社会の持っているイメージ」なのかもしれません。日本人が持つ動物に対するイメージがよく現れている結果と言えるでしょう。
ただ私に言わせれば、イメージなんて時代によって変化するものであり、こうやってばっさり決めてしまうことに意味があるのだろうかと思うのです。はっきり言って、どんな字でもOKにした方がすっきりするのではないでしょうか。
動物問題から離れて、人名漢字についての私の見方を追記しておきます。
以前、子どもに「悪魔」ちゃんという名前を付けようとしたところ、役所で拒否されて話題になった事件がありました。この事件からは、
1.現状の人名漢字の中にも「悪」「魔」といったマイナスイメージの文字は含まれている。
2.役所に届け出る時には「検閲」がある。ということがわかります。
「1.」からは、すでにマイナスイメージの文字があるのだから、新たにマイナスイメージの文字が追加されても問題ないはず、と言えます。
「2.」からは、ひどい名前を付ければ役所が拒絶するのならば、人名漢字にはどんな文字が含まれていても問題はない、と言えます。
つまり、どうせ役所で検閲をするのだから、人名漢字にはどんな文字が含まれていてもかまわないのではないでしょうか。もっとも、人の名前について地方自治体の役所の窓口がとやかく言うのは変なことだとも私は思います。これって法的な根拠があることなんでしょうかね? 一介の窓口の担当者の権限で名前の良し悪しが決まってしまうなんておかしいと思いませんか?
参考文献
三省堂「大辞林 第二版」