Vol. 237(2004/9/19)

[今日の勉強]絶滅の危機の指標、ワシントン条約とレッドリスト

ワシントン条約について

ワシントン条約とレッドリスト(昔はレッドデータブックと言った)というと、絶滅の危機にある動植物にかんするものである、ということはご存知の方も多いでしょう。でも知らない人にはこの2つがどう違うのかわかりにくいことと思います。そこで、今回と次回の2回にわたり、これらの説明をしていくことにします。あまり難しくならないように、わかりやすく解説していきましょう。


まず今回は「ワシントン条約」についてです。
「条約」とあるように、これは国家間の法的な取り決めのことです。
正式名称は「the Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora」、日本語に訳すと「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」となります。
この条約は採択された場所の名前をとって「ワシントン条約」と呼ばれていますが、そう呼んでいるのはおそらく日本だけでしょう。専門家は、英語名称の頭文字を略して「CITES=サイテス」と呼んでいます。ワシントンで結ばれた条約は他にもたくさんあるわけで、「ワシントン条約」という呼び方はあまり適切ではないのです。皆さんも「サイテス」と呼んだ方が通っぽく聞こえるはずですので試してみてください。ただ、日本国内では「サイテス」と言っても一般ではまず通用しませんが。私もここでは「ワシントン条約」と呼ぶことにしましょう。

ワシントン条約はその正式名称の通り、野生動物・植物の国際取引を規制することを目的としています。
規制の段階は3つに分かれています。規制の厳しい方から「附属書1」「附属書2」「附属書3」となっています。

附属書1」に掲載された動植物は、極めて絶滅の危機に瀕しているとされるもので、商業取引は原則禁止されています。許可されるとしても、研究目的か繁殖目的(数を増やす)の場合がほとんどです。取引には輸出国、輸入国両方からの許可が必要になります。パンダやゴリラ、アジアゾウなど有名な絶滅危機動物はここに含まれています。

附属書2」に掲載された動植物は、必ずしも絶滅の危機にあるわけではありませんが、予防的に取引の規制を必要とするものです。取引には輸出国の許可が必要です。商業取引は可能です。
わかりにくいかもしれませんので例を挙げてみましょう。カメの仲間のリクガメ科全種そしてアジアハコガメ属全種は「附属書2」に掲載されています。科あるいは属をまとめて全部指定するというのはちょっといいかげんにも見えるかもしれませんが、これには理由があります。まず、リクガメはペットとしての需要が非常に高いのです。特に、日本とアメリカへの輸出が突出している状態です。アジアハコガメは食用としての需要があります。はっきり言ってしまうと、中国圏での需要が高いのです。どうもアジアハコガメ類はおめでたい食べ物らしいのですね。というわけで、リクガメもアジアハコガメも危機的な状況になる前にまとめてひっくるめて対処しよう、ということになったのです。

附属書3」に掲載された動植物は、それぞれの国内で捕獲や取引に規制を設けているものです。絶滅の危機ではないがその国にとっては特別な動植物であるため規制をする、という感じでしょうか。取引には該当国の輸出許可が必要になります。

ワシントン条約で注意すべきことのひとつは、取引される動植物の生死にかかわらず規制されるということです。つまり、死体(あるいは臓器)も条約の対象になるのです。具体的に言うと次のようなものも含まれるのです。象牙、べっ甲(タイマイ=ウミガメの1種の甲羅)、剥製、毛皮、羽毛、シカ類の角、ワニ皮(ワニは全種が附属書2掲載)、昆虫標本。まあ、これぐらいはたいてい思いつくでしょう。実際はさらに、毛皮のコート、ワニ皮ハンドバッグ、べっ甲細工、象牙の印鑑、漢方薬、薬、香水までも対象となっているのです。

「絶滅の危機に動物」というと、すぐにワシントン条約が思い出されるようですが、危機の度合いと附属書掲載の関係は必ずしも一致しません。先ほどのリクガメ、ハコガメの例がそうです。また、政治的な事柄がからんでくることもあります。例えば、日本では附属書1掲載にもかかわらずセミクジラなどクジラ類7種について、「留保」という立場をとっています。つまり、絶滅の心配はないのだから附属書1掲載はおかしい、と言っているのです。いわゆる商業捕鯨問題とからんでいる問題です。
このように、ワシントン条約は有名であるにもかかわらず、実際の絶滅の危機の度合とは必ずしも一致しないことがあるのも事実です。それでは、もっと客観的な指標はないのでしょうか。それが次回解説する「レッドリスト」なのです。

そうそう、もうひとつ大切なことがありました。ワシントン条約は、その名前にあるように「野生」の動植物を対象にしています。そのため、「飼育動植物」は条約・国内法の対象にならないわけです。そのため、野生動物を飼育動物と偽ったりする例が後を絶ちません。それを見破らなければならないわけですから大変です。しかも担当が経済産業省という、(失礼ながら)いかにも門外漢というのはちょっと問題があるように思います。


ワシントン条約について、もう少し情報を追加しておきましょう。

公式ホームページ
http://www.cites.org/

附属書の最新リストはここで入手できます(http://www.cites.org/eng/append/appendices.shtml)。英語・学名満載ですが、がんばって読みこなしてください。

ワシントン条約が採択されたのは1973年3月3日です。
日本がワシントン条約を批准したのは1980年4月です。
日本の担当官庁(主務官庁)は経済産業省(旧・通産省)です。
条約を批准した場合、対応する国内法も整備しなければなりませんが、「絶滅のおそれのある野生動植物の譲渡の規制等に関する法律(ワシントン条約国内取り引き規制法)」が施行されたのは1987年になってのことでした(かなり遅い対応と言わざるを得ません)。同法はその後、1993年から「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)」に引き継がれています。ですから、現在ワシントン条約関係動物が事件になる時には「種の保存法」がかならず登場するわけです。

外務省の解説ページ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/jyoyaku/wasntn.html

動物の法律・条例集(http://jorei.cne.jp/index.html)より
条約の日本語訳
http://jorei.cne.jp/treaty/wasinnton.html

「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)」全文は、法令データ提供システム(http://law.e-gov.go.jp/)で「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」を検索してください。


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