トンボの中には「イトトンボ」と呼ばれるグループがあります。体(胸〜腹)が細くて、体全体のサイズも小さい、まさに糸のようなトンボです。小型の種類が多いため普通の人はまず見逃してしまう存在です。
イトトンボの種類は多いのですが、広く分布していてよく見かけるイトトンボの中に、アオモンイトトンボとアジアイトトンボがいます。ごく普通の池の岸辺やその周辺の草むらでよく見かける種類です。ビオトープなんかでも見ることができると思います。この2種は同じ「アオモンイトトンボ属」に属していて、大きさも外見も非常によく似ています。まずはこれらの写真をご覧いただきましょう。
まずはオスの写真です。お互いそっくりで、どこが違うのか見分けるのは難しいのではないでしょうか。これらは、腹端にある青い模様の位置で見分けます。写真には番号をふっていますが、この数字は腹部の「節(せつ)」の番号を表しています。アオモンイトトンボは第8、9節が青く、アジアイトトンボは第9、10節が青いのです。すっごくわかりにくい見分け方ですが、これが最も正しい方法なのです。そして、両者の大きさはいずれも3cm前後。あえて言えば、アジアイトトンボの方がやや小さく、細いのですが、そんなことは両方の種類とも見た事がある人にしかわからないことです。あまりにも小さいため、肉眼だと1m離れただけで区別ができなくなります。
次はメスの写真です。まず、アオモンイトトンボには「同色型」と「異色型」という2つの型があることにご注意ください。同色型はオスにそっくりな模様なので「同色」と呼ばれます。異色型はオスとはまったく異なる色模様です。同色型と異色型は同じ場所で同時に見ることができます。
アジアイトトンボのメスの型は1種類しかありません。
これらのトンボについては、もうひとつ書いておかなければならないことがあります。アオモンイトトンボのメス異色型とアジアイトトンボのメスは羽化直後の未成熟の時は赤い体色をしているのです。写真はアジアイトトンボ(と思われる)のメスの未成熟個体です。これだけを見るとまるで別の種類のようです。
以上のように、アオモンイトトンボとアジアイトトンボは非常にまぎらわしく、判別がややこしい種類です。しかも、両者は同じ場所で同時に見られることもあります。種類を確認するには、何匹も捕獲し(後でリリースしてください)、長期的に観察を続ける必要があるのです。大変でしょうが、興味を持たれた方は身近な環境で調べてみてください。
トンボに関する記述をいろいろと見ていて気になったことがあります。それは、アジアイトトンボとアオモンイトトンボでは、アジアイトトンボが「普通に見られる」とされていることです。また、アジアイトトンボの記述があってもアオモンイトトンボの記述がない本もあります。つまり、アジアイトトンボの方が普通に見られると解釈されてしまうのです。そのため、アオモンイトトンボをアジアイトトンボと間違って観察している例もあることと思われます。
私自身の経験で言えば、東京都区部(とその周辺)では、アジアイトトンボよりもアオモンイトトンボの方がよく見られるような気がします。本の記述も間違いではないのでしょうが、それぞれの生息密度には地域差があることが予想され、一概に「アジアイトトンボが普通」とは言えないのです。アジアイトトンボだと思っていたものが、実際はアオモンイトトンボなのかもしれないのです。ここでトンボ、特にイトトンボに関心のある方にお願いがあります。アオモンイトトンボあるいはアジアイトトンボと思われるトンボを目撃した場合は、捕獲してどちらの種類かを確認してみてください(捕獲しないと判別は難しいでしょう)。意外とアオモンイトトンボが多く見られるかもしれません。
動物の世界には、こんなちょっとした事でもまだよくわからないことがたくさんあるのです。