Vol. 242(2004/10/24)

[今日の事件]天然記念物「北限のニホンザル」の駆除が許可される

[2004年10月6日、13日、19日 朝日新聞(東京版)]

青森県下北半島の「北限のニホンザル」について、同県脇野沢村は10月5日、県の特定鳥獣保護管理計画に基づき、24匹のニホンザルの捕獲を県に申請した。県は12日に捕獲を許可した。捕獲したニホンザルは薬殺される予定。
「北限のニホンザル」は世界で最も北に生息する霊長類(人間を除く)で、国の天然記念物に指定されている。天然記念物のニホンザルの駆除(殺処分)はこれが初めて。ただし、捕獲・飼育した例は過去にはある。


この事件、単純に言うとサル害に悩まされたためにサルを駆除することになった、ということになりますが、実際にはそれ以上のインパクトのある事件です。なぜかというと、そのニホンザルが天然記念物だからです。

まず、「天然記念物」とは何かについての解説が必要でしょう。
天然記念物とは、「文化財保護法」で定められたもので、動物、植物、地質鉱物を対象としています。同法では他にも建造物、絵画、彫刻、工芸品、古文書、貝塚、古墳、都城跡、城跡、旧宅といった文化財も保護の対象にしています。文化財は大切なもの、一度失われれば元には戻らないものばかりです。こういう法律は確かに必要です。ですが、この法律は研究者、特に動植物の研究者の間では非常に評判が悪いのです。それは「天然記念物にはさわっちゃダメ」と決められているからです。具体的には

第八十条 史跡名勝天然記念物に関しその現状を変更し、又はその保存に影響を及ぼす行為をしようとするときは、文化庁長官の許可を受けなければならない。

と書かれています。「現状を変更」という言葉からはわかりにくいですが、これには「さわること」も含まれているのです。動物の場合、捕獲して調査しなければ調査・研究にならないことが多いため、この制約はかなり致命的なのです。もちろん、監督官庁である文化庁に申請をすれば許可されるのですが、動物研究の現場はだいたい東京から離れた場所です。突然、天然記念物の動物に出くわしたとしても、文化庁ははるか遠くにあり、申請許可が下りるころには動物はどっかにいってしまうでしょう。これではまともに研究ができません。この法律のおかげで研究に支障が出ているという話を私は研究者から何度も聞かされました。

天然記念物について、ひとつ重要なことを補足しておきましょう。
青森県の北限のニホンザルは天然記念物ですが、これは「地域指定」の天然記念物で、それ以外の場所では天然記念物ではないのです。ニホンザルの場合は、地域指定が6ヶ所あるそうですが、それらの場所以外のニホンザルはただのニホンザルでしかなく、捕獲しようとどうしようと鳥獣保護法の範囲でなら何でもやることができるのです(前回のVol. 241「クマ被害相次ぐ/殺せば問題解決か?」参照)。

天然記念物を公的に捕獲し、それを殺処分するというのは私も前例を聞いたことがない前代未聞のことです。捕獲したものを飼育した例は、やはり脇野沢村で1982年にありました。ですが、殺処分というのは本当に初めてのことでしょう。新聞などの報道からは伝わってきませんが、この申請・許可については県と文化庁、もしかしたらさらに環境省との間でかなり議論がされたのではないかと思われます。なにしろ前例がないことです。ここで認めてしまえば法律の意義そのものが疑われてしまいかねず、そうそう承諾できることではないはずです。それでも殺処分の許可が下りたということは、地元のサル害が無視できないこと、生息数が過剰気味であることが決定打となったのでしょう。

サルといえば、和歌山県でタイワンザルが問題になった時に、「殺処分はかわいそうだ」という意見が動物保護団体から出されたことがありました(EXTRA 7「和歌山県タイワンザル問題」参照)。この時は、タイワンザルは移入動物であり、ニホンザルとの混血の影響があるため殺処分もやむなし、となりました。
今回の北限のニホンザルの場合、殺処分許可が報道された途端、脇野沢村、青森県に抗議の電話が続いたそうです。ニホンザルは日本固有の動物、しかも天然記念物。そうなると抗議の声が非常に強くなるのは予想されたことです(動物保護団体の組織的な抗議行動の可能性が高そうです)。
このニホンザルが天然記念物でなかったとしても殺処分というのは気持ちのいい手段ではありません。かといって放置してしまえばサル害はいっそう拡大するでしょう。捕獲・飼育するとしても、引き取ってくれる動物園はまずないでしょうし、自治体で飼育するにもやはりコストがかかってしまいます(同村にはかつて捕獲したニホンザルを飼育している野猿公苑があり、現在58頭を飼育している)。自然保護というと聞こえはいいのですが、現実はそう生やさしいものではないのです。
では、解決方法はあるのでしょうか。あるとすれば、入念に計画的された保護管理(殺処分を含む)をするしかないでしょう。これは、前回にも書いたこととまったく同じです。各都道府県が主体となり、各分野からの協力を得ながら適切に管理していく。日本の現状ではこれが一番妥当な方法でしょう。
今回のニホンザル騒動について言えば、過去の保護管理が適切ではなかった、と言い切っていいでしょう。北限のニホンザルはかつて個体数が減少した時期があり、餌付けなどで回復をさせようとしたのですが、期待以上に数が増えてしまう結果になってしまいました。青森県は今年になって特定鳥獣保護管理計画を決定したそうですが、今回許可された捕獲数はわずか24頭。全体では約1500頭もいるのにこれでは焼け石に水のような気がしないでもありません。いや、私はもっと殺せと言いたいのではありません。個体数の増加を抑え、サル害を防ぐ対策も同時にちゃんと考えているのでしょうか。殺処分ばかりが話題になっているこの騒動ですが、これはもっと広い視点から検証していかなければならない問題であるということを皆さんも知っておいてください。


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