昆虫の誕生 一千万種への進化と分化
[DATA]
著:石川良輔(いしかわ・りょうすけ)
発行:中央公論社(中公新書1327)
価格:本体680円
初版発行日:1996年10月25日
ISBN4-12-101327-1
[SUMMARY]昆虫全体を見渡す解説本 昆虫のすべての目、32目についてその形態的特徴、系統関係をまとめた本。昆虫が含まれる節足動物門との関係についても解説されている。
[COMMENT]あなたが知らない昆虫の世界 「いきもの通信」の愛読者の方なら、私が分類学好きというのはもうご存知かと思います。生物学の基本はなんといっても分類!なのです。これなくしては生物というものは語れません。しかし、徹底的に分類を述べた本というのはほとんど見かけないのが現実です。「図鑑」というものもありますが、これもすべての種類を網羅するような手のかかったものはやはり少なく、普通種、有名な種を拾い上げてまとめたものが大多数です。確かに、徹底的にすべてを書きつくすような本は手間がかかる割に専門的すぎて売れないのですよね。
さて、先日のことです。外出したついでにそこにあった古本屋に立ち寄りました。星新一の古本文庫を探したついでに新書のコーナーも見ていたら、「昆虫の誕生」という背表紙が目に入りました。どれどれと手に取ってみると、ほほう、これは面白い! 昆虫のすべての目レベルについてが解説されているではありませんか。新書ですからそんなに厚い本ではなく、解説内容にも字数の制限がありますが、それでも昆虫のすべての目を平等に扱った本というのはめったにお目にかかれません。内容も十分専門的でしたし、さらに図版(線画イラスト)も多数掲載されています。値段も定価の半額以下なので買うことにしました。
実際にこの本を読んでみると、まず昆虫が含まれるグループ「節足動物門」の話から始まり、各種の節足動物と昆虫の関係性が説明されます。そして、進化系統の順序に沿って、つまり古い型の昆虫から新しい型の昆虫へと、目レベルでの説明がなされています。新書サイズという制約の中でも非常によく整理されて書かれています。文章による解説と同時に線画イラストも掲載されているので、難しい専門用語もなんとか読みこなせるものとなっています(とはいえ、ある程度の知識は必要かもしれませんが。大学の教養レベルのテキストに向いていると言えるでしょう)。
とにかく、昆虫全般を平等に見渡した本はほとんど無いだけに、安く手に入るこの本は格好の入門書と言えるでしょう。昆虫全般を見渡す本、目レベルを平等に扱った本が非常に少ないのには理由があります。それは、昆虫の種分化が極端に偏っているからなのです。その証拠を数字で示してみましょう。以下の表は、昆虫32目に含まれる種の数と、昆虫全体での百分率(%)を並べたものです。種の数はいろいろな説があるのですが、ここではこの本での数字にしたがっています。
補足
カマアシムシ目 450種 0.05%トビムシ目 5000種 0.57%コムシ目 250種 0.03%シミ目 330種 0.04%カゲロウ目 2100種 0.24%トンボ目 5000種 0.57%カワゲラ目 1700種 0.19%シロアリモドキ目 300種 0.03%直翅目 20000種 2.28%ナナフシ目 2500種 0.28%ハサミムシ目 1500種 0.17%ゴキブリ目 3500種 0.40%シロアリ目 2100種 0.23%カマキリ目 1800種 0.21%ガロアムシ目 23種 0.0026%ジュズヒゲムシ目 22種 0.0025%チャタテムシ目 2600種 0.30%ハジラミ目 2800種 0.32%シラミ目 500種 0.06%アザミウマ目 6000種 0.68%半翅目 85000種 9.69%ラクダムシ目 150種 0.02%ヘビトンボ目 300種 0.03%アミメカゲロウ目 4000種 0.46%甲虫目 370000種 42.16%ネジレバネ目 450種 0.05%膜翅目 130000種 14.81%シリアゲムシ目 470種 0.05%双翅目 100000種 11.39%ノミ目 1750種 0.20%トビケラ目 7000種 0.80%鱗翅目 120000種 13.67%
直翅目=バッタ、キリギリス、コオロギの仲間
半翅目=セミ、カメムシの仲間
甲虫目=カブトムシ、クワガタムシ、コガネムシ、オサムシ、ゲンゴロウ、ホタル、タマムシ、テントウムシ、カミキリムシ、ゾウムシなど多数
膜翅目=ハチ、アリの仲間
双翅目=ハエ、カ、アブの仲間
鱗翅目=チョウ、ガの仲間この表を見ればわかるように、甲虫目だけで40%以上を占め、上位5目(甲虫目、膜翅目、鱗翅目、双翅目、半翅目)だけで約92%にもなってしまうのです。その他の目は少数派にすぎません。私の好きなトンボでさえ、たったの0.57%しかいないのです! さらに、少数派の昆虫はなかなか目につかない(非常に小さい、生息場所が限られているなどの理由)傾向もあります。こういうこともあって、普通の昆虫の本はどうしても多数派中心の記述になってしまうのです。この本のように目レベルを平等に扱ったものは珍しいのです。
ところで、この本は1996年の発売で、内容的にはおそらく「古い解釈」になっていると思われます。というのも、近年はDNAによる系統進化の研究が進んでいるからで、この本でも最新学説を取り入れていないことを断っています。これは発売の時期からいって仕方がないことだと思います。DNAによる分析はこれからも続けられていくものですし、その解釈もすぐに定まるわけではありません。現時点で書くにしても、DNA分析の研究結果をどう取り入れるかは難しいものがあるでしょう。
ところで、イラストレーターとしてこの本の図版についてちょっとコメントしておきます。線画イラストはどれもよく描かれています。普通の人ならすごいなあ〜、きれいだなあ〜、と思うでしょう。イラストレーターの私にも非常に参考になるイラストです。しかし、これらのイラストはちゃんとした引用元があり、それを元に描きおこしたものです。そして、著者からのアドバイスもあったはずです。同じ条件なら私でもこれぐらいのイラストは描けます。え〜、つまり、私にイラスト仕事ください、という宣伝がしたかったのでありました。仕事、ください(笑)。