Vol. 270(2005/6/5)

[特別編]発売10周年「マルチメディア昆虫図鑑」秘話

第3回 まだまだ続くよ製作作業

いつもなら[OPINION]の回ですが、特別編が続いていますので今回はスキップします。

海野先生とのつきあい

私は担当編集者であるため、著者である海野先生とのコンタクトも多くなります(当時からずっと「海野先生」とお呼びしているので以下もずっとこの表記でいきます)。当時、アスキーは初台にあり、海野先生の事務所は市ヶ谷にありました。京王線〜都営新宿線で直行できるという近さでしたので、かなりひんぱんに先生の事務所に通っていました。週に1度は事務所に行っていたのではないでしょうか。編集長が同行することも多かったです。
最初の頃は、内容・構成の打ち合わせ。これらが固まると次はポジ(写真)や原稿(当時はフロッピーディスク)の受け渡しです(パソコン通信の時代だったので、原稿をインターネットで送るという発想はありませんでした)。写真の方はポジだと扱いが大変なので(傷をつけたり、紛失したりという危険がある)、PhotoCDにすることになりました。この方が写真に番号がふられているので整理もしやすいという利点もありました。今ならデジカメのデータを使うところですが、当時のデジカメは200万画素がいいところでとても使い物になるものではありませんでした。製作作業の最後の頃は、α版、β版(完成以前のテスト版をこう呼ぶ)を届けに行ったりしました。実に1年近く海野先生の元に通っていたことになります。

海野先生のファンならご存知のことと思いますが、先生は新しいもの好き、メカ好きな方です。当時、「マルチメディア昆虫図鑑」製作に刺激されて、Macintoshを買ったほどです。えーっと、この頃はまだPowerMacが出ていないころだったでしょうか。先生はMacintosh VxかViを購入したような記憶があります。Macintoshを選んだ理由は、当時は「デザイン系・クリエーター系ならMacintosh」というのが常識だったからです。ちなみにアスキーでの私のメインマシンもMacintoshでした。Power Mac 8100/80AVあたりだった気がしますが、なんかもうよく覚えてませんねえ(動作確認用としてWindowsも併用していました)。私は自宅でもMacユーザー(当時はLC475とかだったかなあ?)、海野先生もMacユーザー、ということで私は先生のMac相談係担当にもなったのでした(^_^;)。使い方からトラブルシューティングまであれこれアドバイスしたものです。海野先生には最近はお会いしていませんが、現在もMacintoshユーザーだと思います。
ちなみに前回登場のデザイナーのSさんもこの仕事をきっかけにMacを導入したひとりでした。Macを使っての初仕事で完成度の高いものを作ってくるわけですから大したものです。

ムービー作りは時間がかかる

CD-ROMならでは、といえばやはりムービーです。紙の図鑑では動物の動きを表現することはできませんから、ムービーは大きなアドバンテージ(利点)になるものでした。今から考えてもQuickTimeという技術は特筆すべきものでしたね。当時、WindowsでもMacintoshでも同じように扱える動画技術はQuickTimeぐらいのものでしたから、当然これが採用されました。
そのムービーの編集をやったのは、実は私なのです。(当時の)その作業手順を紹介しましょう。
元のデータはもちろん、海野先生の撮りためたビデオ映像です。写真だけでなくビデオカメラも大好きな海野先生の蓄積が役に立ちました。ビデオのメディアはminiDVまたはベータカムでした。Hi8はもう使っていなかったのではないでしょうか。まずは、海野先生がこういう映像がいいんじゃないか、というものをたくさん渡してくれました。私の仕事はそのビデオ映像全部に目を通すことです(もちろん他の仕事もやりながらです!)。どれだけの量があったかは記憶にありませんが、数時間以上の映像だったのは確かです。ビデオを見ながら、私は「使える部分」をチェックしていきます。けっこう使えない場面も多いのですよ、実際。例えば、ヘラクレスカブトムシ同士が戦う映像。1時間の映像の中で、両者が組み合ったのはたったの3回。ついに組み合うか!と思ったらすれ違っただけ、なんて場面もありました。最終的に編集したムービーでは、とっくみあいをする場面だけを取りだしていますので、とても好戦的な昆虫に見えますが、実際はおっとりしたやつらなのです。この時、テレビ映像のトリックというものがわかったような気がしました。
さて、使える部分をピックアップしたら、今度はそれがちゃんとした「作品」に組み上がるかを検討します。いってみればシナリオ作りです。この昆虫は取り上げたいけど映像が短すぎる、ということで不採用になることもあります。また、長すぎる場合(例えば「ナミアゲハの一生」)はいかに短い時間で十分な内容になるかに頭をひねることになります。ムービーはとにかくファイルサイズがでかいので、あまり長いムービーを作るわけにはいかないのです。
シナリオができれば、いよいよ編集作業にとりかかります。アプリケーションはAdobe Premiere4。当時、最も良くできたビデオ編集ソフトでした。といっても映像編集はかなりのマシンパワーと大容量記憶装置(ハードディスク)を必要とするものです。PowerMac8100という当時では高級機が必要だったのも、このビデオ編集のためでした。編集作業は多少の問題はありましたがそれほど難しいものではありません。パソコンでのビデオ編集は「ノンリニア編集」という新しいタイプのものでしたが、古い「リニア編集」を知らなかったのは私にとっては幸運だったのかもしれません。こんなに簡単にビデオ編集ができるなんて楽しいなあ〜なんて思っていました。
しかし、本当の難関はこの後に待っているのです。編集が終わった映像はまだ未圧縮データの状態です。次は、これをQuickTimeのデータに圧縮(変換)しなければなりません。この圧縮もPremiereで行うのですが、1秒のムービーを圧縮するのに1分もかかるのです(もっとかかっていたかも?)。つまり、30秒のムービーを作るのに30分もかかるのです。その間、Macでは他の作業ができない状態になります。これはすごく効率の悪い作業です。高級機をもってしてもこれですから。当時、同じようなことをやっていた人には「わかるわかる」と思ってもらえることでしょう。最近の人には信じられない忍耐でしょうね。
そうしてできたムービーも、あらためて見ると直したいことが出てきたりしてまたやり直し、なんてこともしょっちゅうでした。
そうしてできたムービも、320×240ピクセルという小さなサイズ、そして画像も荒いものでした。フレームレートも15fps(1秒当たり15コマ=テレビの半分)だったのではないでしょうか。現在のMPEG4映像とは比べ物にならないほどの貧弱なものだったのです。それでも、当時としては画期的な試みだったのです。
この「マルチメディア昆虫図鑑」の時はムービーにはナレーションが入っていませんでした。その理由は、声優を使うノウハウがなかったこと、そしてそんな心理的・スケジュール的余裕がなかったためです。でもやっぱりナレーションはあった方がいいよね、ということで「マルチメディア昆虫図鑑 改訂版」からはナレーションもつくようになりました。シナリオを書いたのは当然私です。声優事務所と交渉したり、スタジオを借りてレコーディングをしたりしました。スタジオでの演技指導やキュー出しも私がやりました。未経験のことばかりなのによくやったなあと思います。私がシナリオを書いたのは他に「マルチメディア爬虫類両生類図鑑」「マルチメディア カブトムシ・クワガタムシ図鑑」があります。シナリオ書きやレコーディングの作業は私にとってはとても面白く楽しい経験でした。(編集者のくせに)編集よりも創作の仕事に関心がありましたからね。その関心は今も変わりません。だからイラストレーターや執筆をやっていられるのです。

次回はついに製品が完成に向かいます。


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