動物好きの私でもふるえあがる恐怖のハエ
以前、「恐怖の死番虫(シバンムシ)」という話をここでしました。まあ、恐怖といっても恐ろしげなのは名前だけで、害虫ではあるものの人間に直接害を及ぼす種類ではありません。しかし今回は本当に恐ろしい昆虫の話なのです…。
先日、また例によって仕事でネットを検索していた時のことです。私はいろいろなページで言及されているある事件に気がつきました。出典元は外務省のホームページで、旅行者向けの注意情報である「渡航情報」として掲載されていました。情報としては既に失効していますが、執筆時点でもまだホームページに掲載されています。
まずはその全文から紹介しましょう。掲載元のページ=http://www.anzen.mofa.go.jp/info/info.asp?num=2004C438
なお、赤字は筆者によるものです。
送信日時:2004/10/14
情報種別:渡航情報(スポット)
本情報は2005/02に失効しました。モンゴル:蝿蛆(ようそ)症の発生
※本情報は、海外に渡航・滞在される方が自分自身の判断で安全を確保するための参考情報です。本情報が発出されていないからといって、安全が保証されるというものではありません。
※本情報は、法令上の強制力をもって、個人の渡航や旅行会社による主催旅行を禁止したり、退避を命令するものでもありません。
※海外では「自分の身は自分で守る」との心構えをもって、渡航・滞在の目的に合わせた情報収集や安全対策に努めてください。
1.モンゴルにおける蝿蛆症の発生について
2004年9月に首都ウランバートル郊外にて日本人がハエから一瞬のうちに目にウジを産み付けられるという事例が発生しました。幸い迅速な対応で大事には至りませんでした。こうした事例が多数報告されているわけではなく、地域を特定することも容易ではありませんが、郊外に出かける際にはたかがハエと看過することなく、注意されることが必要です。2.蝿蛆症
蝿蛆症とは、ハエの幼虫がヒトの体内に寄生して起こる病気です。モンゴル医科大学の生物学教授Dr.Gurbadamによると、上記のハエは学名Wohlfahrtia magnificaというもので、主に家畜に寄生しますがヒトに寄生することもあるそうです。この場合、眼球、耳孔に一回あたり120〜150個のウジを噴射する形で産卵(※注)します。ウジの大きさは約1.5mm程度です。北アフリカから地中海沿岸、ロシア等温帯に広く分布します。未治療の場合、失明に至った事例の報告もあります。※注:このハエは卵胎生なので産卵時には卵ではなく幼虫=ウジを産みます。
3.ハエの活動時期
5月中旬から9月末ごろまでが成虫の活動時期です。4.予防
成虫の活動時期、もしもハエが寄ってきた場合は手で払うようにして下さい(ハエがぶつかったときには産卵されてしまっていることが多いです)。サングラスの類を装着するのも効果的です。5.治療法
ウジを摘出するのみで、薬はありません。万が一ハエに産卵されたときは、すぐに水で洗浄して下さい。こすったりするとウジが入り込んでしまうことがあります。洗浄後、速やかに医療機関で受診して下さい。モンゴルで伝統的に行われている嗅ぎタバコを目に入れるという方法は危険です。8〜10日間でウジが大きくなるので治療を受けた後も異物感があれば再受診して下さい。小児の場合訴えが分からないことがあるので、帰国して精密検査を受けることが望ましいと思われます。(問い合わせ先)
○外務省領事局政策課(医療情報)
住所:東京都千代田区霞が関2-2-1
電話:(代表)03-3580-3311(内線)2850
○外務省海外安全相談センター(国別安全情報等)
住所:東京都千代田区霞が関2-2-1
電話:(代表)03-3580-3311(内線)2902
○外務省 海外安全ホームページ: http://www.mofa.go.jp/anzen/
○在モンゴル日本国大使館
住所:Olympic Street,Sukhbaatar District, Ulaanbaatar, Mongolia
電話: (976-11) 320777
FAX : (976-11) 313332
別添資料
なし目にウジ(幼虫)を産みつけられる! ぎょえ〜!!、と私でも叫んでしまいます。ちょっと信じがたい事件ですが、事実は事実です。目だけではなく、耳にも幼虫が産みつけられるとのこと。ということは、放置しておくと目や耳から成長した幼虫がわらわらと出てくるわけです。幼虫は分裂増殖することはありませんから産みつけられた数以上には増えることはありませんが、最初に100匹以上も産みつけられるわけですから安心できません。
この事件の恐ろしいところは、体内から生物がわいてくるというところにあるのではないでしょうか。例えてみれば映画「エイリアン」でいうところの「チェストバスター」(人間の体内から出現するエイリアンの幼生)です。たいていのホラー映画やホラー小説などでは恐怖というのは外部に存在するものですが、このハエやチェストバスターの場合は自らの体の内に恐怖が存在するわけで、これは幽霊とか妖怪とはまた違った恐怖であるわけです。自分ではコントロールできない異物が内部にあるというのは人間にとっては恐怖と感じるようです。動物好きの私でもさすがにこれには震え上がってしまうほどです。
しかしよく考えると、人間は誰でも腸内細菌を持っていますし、皮膚には各種の細菌が常時生息しています。また、冬になればほとんどの人が何らかのウィルスに感染します(ウィルス感染は常に重症化するわけではなく、たいていは「あれ?今日はちょっとせきがでるなあ〜」という程度で直るものです)。これらも体内に生物がいるという状況には違いありませんが、こういうことを気持ち悪がる人はいないでしょう。ウジの場合とどう違うのかというと、人の目に見えるか見えないか、ということになるでしょうか。目に見えないと病気との因果関係もはっきりと認識できないため、恐怖感がわかないということです。あるいは、ウジがわくという経験はなかなかないために恐怖を感じるのかもしれません。
恐怖感をさらにあおってしまうようで申し訳ないのですが、蝿蛆症は意外ながら特殊なことというわけでもないようです。例えば古今東西の戦争に関しての記述で、「けが人の傷口にウジがわいている」という話はそれほど珍しいものではないでしょう。これは先ほどの事件とは別の種類のハエで、腐敗している肉に産卵する種類のハエです。平時なら適切に治療すればこういうことはめったに起こらないものですが、戦時となると物資不足、人手不足で劣悪な環境になってしまうものなのでしょう。
では平時なら安全かというとそうでもありません。これまた別の種類のハエのことですが、肉などに好んで産卵する種類はいくつもいます。あなたの身の回りにも普通に存在していたりします。例えば、お店で売っている肉や加工食品にそんなハエが卵を産みつけていたとしたら…。あるいは、家庭でテーブルの上に放置しておいた食材に卵を産みつけていたら…。まあ、衛生度が非常に高い現在の日本ではあまり心配するほどのことでもありませんから、むやみにこわがるほどのものでもないでしょう。また、もし誤って卵の産みつけられたものを食べてしまったとしても、普通は胃酸で死滅してしまいますのでやはりむやみに心配することはありません。このようなハエの幼虫が人体にすみつく症状を「蝿蛆(ようそ)症」と呼ぶのは上記の外務省の文書にもある通りです。これは「ハエウジ症」とも「ハエ蛆症」とも書かれることがあります。この蝿蛆症、インターネットでもほとんど文献がないため、日本では珍しいものであるのは間違いないようです。
インターネット上の文献としては下記のようなものがありました。「病害昆虫の疾患」
ハエ以外にも体内にすみつく小動物がいるとは、あまり想像したくないものですね。
まあ、心配ばかりして日々を過ごすのも精神衛生上いいことではありませんし、世の中には他にもたくさんの病気があるわけですからハエなどばかりを心配していればいいというわけでもありません。全体ではハエ以外のリスクの方が多いわけですから。
それにしても、仕事柄こういう小型昆虫を見たり捕獲したり調べたりしていると、これまで知らなかったことがいろいろと見えてくるようになります。知見が広がるのはけっこうなことですが、今回のようなショッキングなことを知ることもあります。だからといって目をそむけるようでは専門家を名乗ることはできません。嫌悪感を持つことを否定はしませんが、それを乗り越えてありのままの現実を見つめるのが専門家の態度でしょう。
皆さんが私と同じような態度をとる必要はありませんが、単に「嫌い」という感情を持つだけではなんの解決にもならないことは覚えておいてください。冷静に見つめることの方がずっと有益なのです。