Vol. 302(2006/2/5)

[今日の本]はるかなるわがラスカル

はるかなるわがラスカル
[DATA]
原題:RASCAL
著:スターリング・ノース
訳:亀山龍樹
発行:角川書店(角川文庫)
改版初版発行日:1976年12月20日(初版は1970年)


昨年、友人から「ほら、あげる」と手渡されたのが「はるかなるわがラスカル」(角川文庫版)でした。そう、これは「あらいぐまラスカル」の原作本です。この本は既に絶版になっており、読むには図書館か古本屋を探し回るしか方法はありませんでした。最近になってfukkan.comから復刊された(Amazonからも購入可能、1575円)のでそのうち買おうかなあと思っていた本なのでした。それをタダでもらっちゃったのですからラッキーです。ちょうど「あらいぐまラスカル」のDVDもレンタル屋さんに並びはじめたのでそちらもいっしょに見比べることができるぞ、と思ったのでした。
ということで、今回から(なんと)4回連続で「ラスカル」にまつわる話を書いていこうと思います。まず最初は原作を取り上げることにしましょう。

当然ネタバレを含む内容ですが、そこまで言及しないとちゃんとした批評になりませんのでご了承ください。


「はるかなるわがラスカル」で描かれる時代は1918年春から翌19年春までの約1年間です。これは第1次世界大戦の末期から終戦直後の時期にあたります(終戦は18年秋)。舞台になるのはアメリカ合衆国ウィスコンシン州の田舎町ブレールスフォード・ジャンクション(Brailsford Junction)。現在の地名は「エドガートンEdgerton」です。ブレールスフォードというのが当時の名前だったのか、著者の創作なのかは不明です。
そして主人公はスターリング・ノース(1906-1974)、つまり著者自身です。この話は著者の少年時代の実話なのです(18年秋に中学校へ進級するので12歳のころの話)。
1918年の春、スターリングは友人のオスカーと森に行き、そこでアライグマの母子を見つけます。2人はまだ赤ちゃんのアライグマ1匹を捕獲し、スターリングが家で飼うことにします。そのアライグマがラスカルです。物語はスターリングの家庭生活、町の住民との交流の中でのスターリングとラスカルの成長を描いていきます。1年後の19年春、アライグマを飼うことをあきらめたスターリングはラスカルを森に放します。

私が以前からこの作品を読みたいと思っていた理由は、これが名作だからではありません。むしろ逆の「問題作」だと思っていたからです。その詳しい理由は次回以降にも詳しくふれますが、日本でのアライグマ問題の原因のひとつがアニメ「あらいぐまラスカル」にあると指摘されているからです。原作とアニメとでは当然子細な点で差異があるはずなので、両方を比べてみる必要があります。アニメの方はいまだに影響力を持っている(明らかな)問題作であるのですが、では原作の方はどれほど問題があるのか、それに関心があったのです。そういう視点から原作を読んでみると、普通に読んだだけでは見逃してしまうようなことが見えてきます。

原作のストーリーをもっと短く(もっと乱暴に)要約してしまうと「野生アライグマを捕獲し、飼育し、捨てた話」となります。こんな言い方をすると名作が台無しなんですが、実際そういう話なのです。野生動物の捕獲も飼育も遺棄も、現代の自然保護・動物愛護の観点からはどれもやってはいけないことです。
まず、野生動物(哺乳類、鳥類)の捕獲は日本では鳥獣保護法で原則禁止されています。捕獲が禁止されているのですから飼育も当然できません。飼っている動物を遺棄することは法律的にはあまり問題にされませんが、人間慣れした野生動物は人家近くに戻ってくることもあり、その結果農作物が荒らされたりする被害が発生することや人的被害がでることもあります。一度飼育下に入った動物は死ぬまで面倒を見るべきなのです(ラスカルは町から離れた所で放されているので戻っては来なかったようだ)。
(さらに現在では外来生物法が存在し、アライグマなど指定された外来生物は輸入も飼育も禁じられています。)
今の日本では野生動物の「捕獲・飼育・遺棄」はすべきではないことです。では「ラスカル」は読んではいけない本なのかというとそうでもないでしょう。まず、当時のアメリカの社会状況と現在では動物に対する決まりごとがかなり異なっています。当時は「ラスカル」のようなことはまだ容認されていたのです。

もうひとつ気になるのはアライグマの凶暴性についての記述があまりないことです。アライグマは飼育するにはちょっと凶暴すぎるというのは比較的知られていることです。実際に飼う時にはかみつかれたり、物を壊されたりする覚悟を持つ必要があります。また、成獣は人間になつかないともいわれています。「ラスカル」は過去の思い出を美化している側面もあり、そうしたマイナスのことを避けているようにも思われます。ラスカルは幼獣だったのでそれほど問題は起こさなかったのかもしれませんが、よその畑を荒らしたり、人にかみついたりという事件を起こしており、決して扱いやすいペットなどではなかったことは原作からも読み取ることができます。

こういった問題点があったとしても「ラスカル」が優れた動物文学であり、自伝であり、児童文学であることは私も認めます。
ただ、現在「ラスカル」と同じようなことをするのは明らかに問題があり、そのことをはっきり示すためにも注釈なり補足なりで補う必要はあるでしょう。

「ラスカル」をフィクションとしてとらえると、地味な感じがするのは否定できません。もし、アニメ化がなければこの作品は今頃は忘れ去られていた可能性が非常に高かったと私は思います。そうなれば日本のアライグマ問題は大々的なものにはならず、「ラスカル」における問題点もクローズアップされることはなかったでしょう。
しかし現実にはアニメ化された影響はあまりにも大きなものでした。そこでアニメ作品「あらいぐまラスカル」の批評も欠かせないものになるのです。次回からはアニメ「あらいぐまラスカル」を取り上げます。


ホームページを調べてみると、「スターリング・ノース協会(The Sterling North Society)」というのがあるようです。スターリング・ノースや当時の写真が掲載されています


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