前回は原作を取り上げましたが、今回は本当の問題作、アニメ「あらいぐまラスカル」について見ていきましょう。
アニメ「あらいぐまラスカル」は1977年1月〜12月に放映されました(ちなみにこの年は劇場版「宇宙戦艦ヤマト」が公開されています)。同作品の放送枠は当時は「カルピス名作劇場」でした。このシリーズ名称は時期によって変わっていきましたが、現在のDVD商品などでは「世界名作劇場」のシリーズ名で統一されています。「あらいぐまラスカル」の前には「アルプスの少女ハイジ」「フランダースの犬」「母をたずねて三千里」という名作が並んでおり、子どもに安心して見せられる番組として人気も高かったようです。
「世界名作劇場」についてはこちらのホームページにいろいろと情報・うんちくが載せられています。補足情報として読んでいただくといいでしょう。
さて、今回はこのアニメ作品を取り上げるのですが、「ラスカル」の問題点をより明らかにするためには原作との違いを見ていくことが必要と思われます。以下、アニメと原作との違いを検証してみました。
・ラスカル捕獲のいきさつ
原作では、主人公と友人はアライグマの巣穴を掘り返し、逃げ遅れた赤ちゃんアライグマを捕獲するというかなり強引な方法でラスカルを入手しました。
アニメではハンターが登場し、ハンターが母アライグマを撃ち殺し、残された赤ちゃんアライグマ(なぜか赤ちゃんは1頭しかいない)を主人公と友人が持ち帰る、という筋になっています。
アニメの方が原作よりも「主人公に有利な」ストーリーになっていることに注目してください。原作の方は多少乱暴な印象がありますが、アニメの方はハンターという悪役がいるために、かわいそうな赤ちゃんを助けた良心的な主人公という立場が強調されています。この改変は、原作のままでは(子ども向け番組としては)ふさわしくないという判断があったからなのでしょうか。・母の存在
アニメでまず驚かされたのは主人公の母親が生きているということです。実際は主人公が7才の時、つまり5年前に死亡しています。
アニメでは母親は病弱な姿しか描かれていませんが、これは原作とはかなり違うイメージです。原作で語られる母親の思い出は、教養があり、生物学に詳しく(主人公が動物好きなのもその影響)、聡明な女性というものです。主人公にとって母親の存在が非常に大きかったことは原作を読めばはっきりとわかります。アニメではそういったことが省略されていて、母親の位置付けがわかりにくくなっています。
ちなみに主人公の父の名前も違うようです。アニメでは「ウィラード」となっていますが、実際は「David」だったようです。・スチーブンソン家の登場
アニメでは途中からスチーブンソン家が登場し、ストーリーに大きくかかわってきます。彼らは原作にはまったく登場しないキャラクターたちです。
なぜこの家族が必要だったのかというと、ずばり、「アリス・スチーブンソン」というヒロインが必要だったからです。スチーブンソン家は都会から引っ越してきて、アリスは主人公のクラスメートになります。そして、主人公や友人オスカーととても仲よくなります。
原作の方はというと、浮いた話は無いというか、ストイックというか(笑)、ガールフレンドの話なんてまったく登場しません。アニメはご都合主義だなあと思わざるを得ません。
スチーブンソン家では、愉快なおばあさんも話の盛り上げに一役買っています。このおばあさんはなかなかいい味を出していました。でも原作には当然存在しません。
スチーブンソン家ではありませんが、動物を愛する好青年カールもアニメのみの架空の人物です。ただし、原作にはカールを思わせる人物がちょっとだけ登場します。
アニメではアリス、カールと共に過ごした夏休みの旅行体験が描かれていますが、ここは原作とはまったく違う展開になっています。しかもアニメの方は妙に「ファンタスティックな」話になってしまっていて非常に違和感が残るものでした(何がファンタスティックなのかは実際にご覧になればわかるでしょう)。・物語後半の境遇の変化
アニメでは後半、父の経営する農場が台風で全滅し、生活が苦しくなるというくだりがあります。その結果、ノース家は自宅を売却し、スターリングは姉夫婦のいるミルウォーキーへ行くことになります(そのためラスカルを手放さなければならなくなる)。
またもや、原作ではそのような話は一切無く、最後までノース家の生活は淡々と続いています。これもアニメのお約束の「主人公の試練」ってやつですかね?
このエピソードはラスカルと別れる理由をわかりやすくする効果もありました。つまり、「引っ越す→飼えなくなる→野に放す」ということなのですが、これは「ペットを飼えなくなったら捨てればいい」と誤解されかねません。まったく無責任な話です。
ところで、アニメでは主人公は春から中学校に入学することになっていますがこれはちょっと考えればおかしいことがわかるでしょう。アメリカでは新学期は秋から始まるはずだからです。原作でも主人公は18年の秋から中学生になっています。この改変はさすがに不自然さを否定できません。・戦争の描写
物語の舞台は1918年、第1次世界大戦の末期です。原作では、戦場となったヨーロッパから遠く離れたアメリカの田舎にも戦争の影が確かにあったことも描いています。その最も大きなものは主人公の兄のことです。兄はヨーロッパ戦線に出征していて、時々手紙をよこします。10月に戦争は終わりますが、戦後処理のためか翌年春になっても帰国できず、原作ではとうとう最後まで本人は登場しません。
ところが、アニメでは兄は存在すらしておらず、戦争についても影も形も無いのです。一度も登場しない兄をどう描くかが難しかったのか、戦争の話が入るとストーリーが複雑になりすぎると思ったのかはわかりません。ですが、原作でひしひしと感じられた時代背景が、アニメでは完全に消え去ったために非常に牧歌的なものになってしまったのは確かです。
また、同年は「スペイン風邪」が世界的に大流行した年であり、原作でもそのことが書かれていますが、アニメでは非常にさらっとふれているだけで、その深刻さが伝わってきません。そもそも「スペイン風邪」という言葉は1回しか使われていないようで、これでは普通のインフルエンザのような印象しか与えないでしょう。・学校描写の多さ
原作では意外なことに学校の話はあまりでてきません。原作の話の多くは夏休みの話ですし、しかもこの年は戦争の影響で新学期の始まりが1ヶ月遅かったため、学校の話はますます少ないものになったのでしょう。
アニメではたびたび登場するガキ大将スラミーも原作ではそれほど登場しません(それでも同級生自体がほとんど登場しないため目立つ存在になってはいますが)。原作とアニメの違いは他にもいろいろとありますが割愛します。
原作に忠実に脚本を書くと、2クール=26話(放送半年分)にも達しないのは間違いありません。そのため、1年間=52話の物語にするには原作に無い人物やエピソードを加えて話をふくらませなければならなかったのだろうという事情は想像できます。
しかし、原作とアニメを両方観賞してみると、共通の登場人物、共通のエピソードがあるにもかかわらず、まるで違う話を見ているような、印象の異なるものになっているのです。
アニメ「あらいぐまラスカル」は名作か?と問われれば、私は「まあまあだけど、原作と比べるとちょっとね…」と答えます。
アニメの何が問題であるかについては次回にあらためて書いていくことにします。
さて、ここからはアニメを見ての雑感をつらつら書いていきましょう。
スターリングの家は実在のものを取材しているようで、現存している家と外見が一致します。
また、当時の服装、自動車などもちゃんと調べてあるように見えます。時代考証は全体にそれなりにできているようですが、どこまで正確かは私にはわかりません。前々から思っていたのですが、ラスカルが黄色いのは不可解です。アライグマは灰色に黒い模様だからです。
中南米に生息する別種のカニクイアライグマは黄色〜茶色がかった色合いなので、これを参考にしたのかもしれません。しかし、それでもラスカルほどはっきりした黄色ではありませんし、そもそもカニクイアライグマは北米にはいないので、やはり「黄色のラスカル」は誤りなのです。(アライグマ属はこのアライグマとカニクイアライグマの2種のみしかいない。細かく分類することもあるが、それらは普通は種アライグマと見なされる。)キャラクターデザインという点で見ると、ちょっと平凡です。いわゆるアニメ的なデザインではありません。「世界名作劇場」シリーズの中でも特異なキャラクターデザインではないでしょうか。目が小さく黒目がちなのであまりアメリカっぽい感じではないんですよね。アニメ顔を避けたのは実話であることを意識したデザインということなのでしょうか?
エンドクレジットを見ていて気づいたのですが、ガンダムの監督として有名な富野由悠季が「とみの喜幸」「富野喜幸」名義で絵コンテを担当しています(「富野由悠季」に改名したのはずっと後の1980年代だったか)。全部で20話ほどぐらい担当していますのでかなりの分量です。
このことに気がついてアニメを見ると、富野氏の担当の回ではカット割りとか構図に独特のものがあるように感じられます。というのはひいき目でしょうか?(笑)
ちなみに富野氏の代表作「機動戦士ガンダム」は79年4月からの放映でした。「無敵超人ザンボット3」の放映は77年10月からでしたので、「あらいぐまラスカル」と時期が重なっています。アリス役の声優は冨永みーなさんです。彼女はこの「ラスカル」が声優デビューだったそうです。当時11才ということなので年相応の役だったことになります。年齢から想像するよりも演技力はあるように聞こえました。これはラスカル以前にも子役として場数をふんででいた経験によるものでしょう。
クレジットには明記されていませんが、ラスカル役は野沢雅子さんです。