今年はずっとタヌキを追いかけてきたせいもあってか、タヌキについていろいろと考えることが多かったような気がします。その考え事の中でも特に気になったこと、それは、人間は食肉目に特に親しみを感じてきたのではないか、ということです。
「食肉目」とは哺乳類の中の大分類のひとつで、この中に含まれる動物としては、
イヌ、ネコを代表として、オオカミ、タヌキ、キツネ、クマ、パンダ、アライグマ、イタチ、アナグマ、カワウソ、マングース、ハクビシン、ライオン、トラ、ヒョウ、チーター…などなどが含まれています(アシカ、アザラシなどの海棲の食肉目は今回は除外しておくことにします)。このように名を挙げてみれば、誰でも知っている動物であることがわかります。
食肉目はその名前のように、主に動物を食べる種類であるのが特徴です。「食肉」といっても筋肉や脂肪だけを食べるのではなく内蔵やさらには骨まで食べることもあります。また、食べるものも哺乳類や鳥類といった「肉」っぽいものだけでなく、昆虫のようなものも含まれます。ですから「肉を食べる」と言うよりも「動物を食べる」と言った方がより適切です。
ただし、タヌキやキツネのように植物もよく食べる雑食のものもいますし、ツキノワグマのようにかなり植物食にかたよったものもいれば、ジャイアントパンダのようにほぼ植物食のものもいます。それでも、これらの共通の先祖は動物食でした。そのため、食肉目の犬歯は大きく発達しているという特徴があります。一部が雑食や植物食へ移行していった理由は、得られる食べ物の状況に対応していった結果だと考えられます。例えば森林の中では、獲物となる動物を探すよりも、豊富な植物を食べる方が効率もいいですしね。
さて、実際に人間と食肉目動物の関係を検証してみることにしましょう。
「怪異・妖怪伝承データベース」で上位に来る動物は、キツネ、タヌキ、ヘビ、ダイジャ(大蛇)、ネコ、ムジナ…といったものです。ヘビ、大蛇以外は食肉目動物です。キツネとタヌキにまつわる伝承はとても多く、上位に来るのも当然です。
ヘビはその異様な姿から特別な動物と見られることが多い動物です。ヘビは時には「神様」、時には「魔物」にもなりますが、いずれにしても神秘的な力を持つという役回りが多いようです。
それに比べると、食肉目は神秘的なこともありますが、多くはずっと世俗的な、身近な存在とされるようです。
神社の「神使」(=神の使い)はどうだろう、と調べてみますと、次のような動物が挙がりました。
キツネ、オオカミ、サル、ウシ、シカ、イノシシ、ネズミ、ウサギ、
ニワトリ、ハト、カラス、ワシ、ヘビ、カメ、ウナギ、ハチ
こちらはかなり幅が広いですね。食肉目以外の方が多いです。意図的ではないのでしょうが、動物全般に配慮したようなチョイスになっているのが興味を引きます。
ところで、神社といえば狛犬がつきものですが、このモデルは明らかにライオンです。
次は、食肉目の個別の動物たちを見てみましょう。
人間と特に親しい食肉目といえば、イヌとネコであることに異論はないでしょう。イヌはおそらく人間が文明を持つ以前からのつきあい、ネコは古代エジプト文明のころからの長いつきあいです。彼らに特別な感情を持つのは当然のことでしょう。
強い動物の代表といえばライオンとトラです。百獣の王とも言われるライオンは、中東以西では力や権力の象徴でした。トラが生息するアジアではトラがその役割を果たしました。これに近いのがオオカミで、オオカミもまた力の象徴になりました。そういえば古代ローマの建国神話に登場するのはオオカミです。
クマもまた力強さのある動物ですが、こちらは神様として崇拝されたり畏怖されたりする存在でした。例えばアイヌにとってクマは特別な神様です。ライオンやトラと比べるとより神秘的な役回りのように思えます。
力とか神秘性はまったくないにもかかわらず、世界的に最も人気があるのがジャイアントパンダ(以下パンダ)です。なんであんなに人気があるのか、私には理解できないのですが、ぬいぐるみのような外見、おとなしい性格が人間を引きつけるのでしょう。レッサーパンダも当然ながら食肉目です。
人間が飼いたくなってしまう動物といえば、アライグマ、フェレット(ヨーロッパケナガイタチ)がいます。実際に飼いやすいかどうかは別問題ですが、それなりの人気があるのは確かです。(ただし、日本では外来生物法があるのでアライグマは飼うことはできない。)
伝承の中の動物といえば、先にも挙げたキツネ&タヌキが有名ですが、実はカッパ(河童)の正体とされるカワウソも食肉目なのです。
とまあ、こうやって挙げてみると、人間がどれだけ食肉目動物に関心興味を持ってきたかがよくわかります。人間に近しい動物といえば偶蹄目も挙げられるのですが、こちらの場合はウシ、ヒツジ、ヤギ、イノシシ、ブタ…と家畜系になってしまって、親しみやすいという面もあるものの、「人間に奉仕する」という意味合いの方が強くなってしまいます(ちなみにブタはイノシシを家畜化したもの)。
なぜ人間が食肉目動物に関心興味を抱いてしまうのか、私もつらつらと考えてみたのですが、きちんとした結論を導きだせるものではありません。それでもひとつ思ったのは、「生態系ピラミッドの頂点に立つ者としての共感」ということなのかなあ、と思うのです。
生態系ピラミッドを単純化してみると、一番下の層には植物、その上の層に植物食動物、そして最も上の層には動物食動物が位置します。食肉目動物は当然ながら最上位に位置する動物です。タヌキやクマのような雑食動物は最上位にはならないように見えますが、クマはその体の大きさにかなう敵は少なく(日本国内にはいない)、タヌキも東京都23区内のような貧弱な生態系の中では強敵は存在しないため、最上位になり得るのです。
一方、人間も生態系ピラミッドの最上位に位置する動物です。人間が他の動物に食べられることはめったにありませんからね。よって、人間も食肉目動物も立場的には似たものになります。そのため、人間は食肉目動物に対して共感を感じるのかもしれません。
いやいや、「体が大きい」というのも単純ながら関心を持つ理由かもしれません。私たちのまわりで大きな動物というと、哺乳類であり、その中でも食肉目、偶蹄目、奇蹄目(ウマ)、霊長目(サル)といった種類になります(ネコより大きいならば「十分に大きい動物」と言ってしまっていいと思います)。偶蹄目とウマは家畜なので除外、霊長目は人間に似すぎているので除外すると、残りは食肉目。私たちのまわりにいる大きな(つまりよく目につく)動物というと食肉目になってしまうのです。
また、食肉目動物は農業畜産業にとっての害獣であることも関心を持たれた理由かもしれません。タヌキやキツネやクマやアライグマは農業害獣になりますし、オオカミ、タヌキ、キツネあたりはニワトリなんかを襲うことでしょう。そうなると食肉目動物は人間の敵となるわけで、特に注目されてしまうというわけです。食肉目動物もなかなかの知恵者ですから、この戦いは容易に決着のつかない、ドラマ性を持つものにさえなってしまうでしょう。そこから民話や寓話の類が現れることになっても不思議ではありません。
この議論の結論はいつまでかかっても出てこないでしょうからここいらで切り上げることにします。
それでも最後にもうひとつ思うのは、「食肉目動物には明らかに感情がある」ということです。イヌやネコを飼っている方ならこれは理解できるでしょう。タヌキを相手にしていてもそう思うことがあります。時にはタヌキの感情さえ理解できたと感じることもあるのですが、それはただの思い込みでしょうね。それでもそう錯覚させるような何かを持つ動物に対して、人間が共感するのはやはり当然のことでしょう。