ちょっと間が空いてしまいましたが、今回は「Vol. 333 歯は正しく描きましょう」の続きです。今回もやはり哺乳類についての話であることに注意してください。
普通の自然観察ではほとんど使われることのない知識ですが、歯の知識は意外と重要なものです。前にも書いたように、絵を描くにも歯をちゃんと描かないと奇妙なものになってしまいます。学問的には、哺乳類の形態や分類や進化の研究に歯は欠かせません。歯並びは種によって決まっていますから、それに注目して研究をするわけです。また、歯の形はその動物の食生活を反映しています。肉を食べる動物なら、肉を切り裂く鋭い歯があるでしょう。草食ならば、草をすりつぶす臼のような歯があるでしょう。歯というものはいろいろな情報を持っているのです。
歯の数は、進化が進むにつれて減少する傾向があると言われています。歯というものはたくさんあればいいというものでもなくて、必要最小限があれば生きていくには問題がないものです。そのため、普通は進化するにつれ数が減っていきます。いったん数が減ると、増えることはあまりないようです。短期的には歯の回復増加はあったとしても、歯の数が減って長い長い時間が経ってしまうと、遺伝子上からもその情報は消えてしまうのでしょう。
ということは、歯が無い動物というのは究極の進化をとげた動物、と言うことができます。
それでは歯が無い哺乳類とはどのような動物でしょう。
図鑑をめくっていくと、いました。アリクイがそうです。アリクイは細長い舌にアリをくっつけて食べます。歯がある必要性がないわけです。ちなみにアリクイは「貧歯目(ひんしもく)」に分類されています。「貧歯目」とはなかなか絶妙な名前です。貧歯目には他にはナマケモノ類とアルマジロ類が含まれ、これらには歯はあるものの「退化」して単純なものになっています。そのため「貧歯」という名前がついています。貧歯目はすべて中南米のみに生息し、その祖先は同じです。
意外にも歯がない動物、それはヒゲクジラの仲間です。例えばザトウクジラ、セミクジラ、コククジラ、シロナガスクジラといった種類が含まれます。大型のクジラはだいたいヒゲクジラです。(マッコウクジラはハクジラ(歯クジラ)の仲間になる。)
ヒゲクジラにはクジラヒゲがあるじゃないか?と思われるかもしれませんが、クジラヒゲは歯ではありません。あごの骨が変化したものなのです。歯がクジラヒゲに完全に置き換わってしまったのですね。
他にはないのか…と調べていくと、まだいました。単孔目の動物です。単孔目といってもピンとこないかもしれませんが、要するに卵を産む哺乳類、つまりカモノハシ、ハリモグラのことです。最も原始的な哺乳類と呼ばれるグループです。
まず、ハリモグラには歯がありません。やはりアリ、シロアリを食べます。
カモノハシは成獣には歯がありません。しかし、幼獣の頃には歯があります。成長すると歯が抜けるのだそうです。こちらは昆虫の幼虫、水中のエビを食べるとのことです。歯が無くてもカモのようなくちばしがあるので獲物を捕まえるのには問題はないのでしょう。
歯がまったく無い哺乳類というのはこれぐらいしかいないようなので、以下では歯が少ない種類をもう少し見ていきましょう。
クジラにはヒゲクジラ類の他にハクジラ類がいます。こちらはイルカを中心にした小型クジラ類が含まれます。ハクジラ類は歯が多いものも少ないものもいますが、少ない方では例えばオウギハクジラ属に含まれる種類では基本的に下あごに2本の歯があるだけです。オウギハクジラ属は今でもわからないことだらけの動物です。食べるものは魚やイカであることは間違いないのですが…。
マッコウクジラは下あごに18〜25対の歯がありますが、上あごには歯はありません。
イッカクは長い角を持ちますが、この角は本当は上あごの左の歯なのです。一角の歯は上あごに2つしかありませんが、これらは頭骨の中に埋もれています。オスの歯の1つだけが外に突き出すのです。
ハクジラ類の食事方法は、食べ物になる魚をくわえて飲み込むというものです。むしゃむしゃとかみくだいたりはしません。ですから、ハクジラの歯には獲物をしっかりくわえるという役割しかないわけで、歯が多かろうが少なかろうが目的が達成できればそれで十分なのでしょう。
歯が無い動物はだいたいが特殊な食生活をしています。食事の時に歯が必要ではないため、歯を失う方向に進化していったということでしょう。逆に、なんでも食べる雑食性の動物の場合は、歯が極端に減ることはないようです。
人間は雑食性の動物です。食べ物をかんで食べている限りは人間が歯を失うことはないでしょう。でも、もし食べ物がすべて流動食になったとしたら…未来の人間は歯を持たない姿に進化すると予想されます。
次回もやはり「歯の無い動物」の話。今度は哺乳類以外の動物たちを見ていきます。