Vol. 345(2007/1/7)

[今日の観察]生物観察のための顕微鏡ガイド・その1

今回は、これまでほとんど取り上げてこなかった顕微鏡の話です。顕微鏡というのはやはりアマチュアには近寄りがたい特殊な道具でしょう。動物を観察するにはたいてい肉眼あるいは双眼鏡・望遠鏡を使うものであり、顕微鏡にはなじみがないものです。でも、顕微鏡は必ずしも高価なものではなく、双眼鏡や望遠鏡(そして、一眼レフカメラ用の交換レンズ)と似たような値段です。顕微鏡という選択も排除すべきではないと思います。

さて、まずは顕微鏡選びからです。
顕微鏡には1万円台から製品があります。しかし、それらはほとんどが微生物向きです。倍率が100倍以上で、光を反射鏡で下から当てる方式の顕微鏡です。ゾウリムシとかボルボックスとか、そういった微生物を見たいのならばそういう製品でかまいません。
しかし、私の場合は、あるいは「いきもの通信」の読者の方々が見たい小さいものというと小型昆虫ということになるでしょう。例えば大きさ1cmほどの小型昆虫を、上記のような100倍以上の顕微鏡で見ると、あまりに大きくて全体像を見ることすら難しいでしょう。また、ほとんどの昆虫(あるいはほとんどの生物)は不透明です。下から光を当てる方式ではシルエットしか見えないことになります。これではまったく役に立ちません。
昆虫を観察する顕微鏡に必要な性能は、もっと低倍率であること、照明を上から当てることなのです。このような顕微鏡は「実体顕微鏡」と呼ばれています。
実体顕微鏡の多くは両目で見ることができる「双眼顕微鏡」です。これは対象を立体的に見ることができるものです。

最も購入しやすい実体顕微鏡は、ずばりニコンの「ファーブル」というシリーズです。この「ファーブル」はフィールド用顕微鏡、廉価顕微鏡の定番ともいえるものです。
このシリーズには、
 基本的構成の「ファーブル」、
 照明を外して軽量化した「ファーブル・ミニ」、
 デジカメ(ニコン製)を取り付けられる「ファーブル・フォト」
の3製品があります。
倍率はいずれも20倍固定、視野直径11mmはです。
かなり倍率が低いように思えるかもしれませんが、昆虫を見るにはこれぐらいでいいのです。この低倍率でも、目に見えるようなたいていの昆虫は大きすぎます。視野11mmがであることに注目してください。例えばカブトムシ、チョウ、トンボ、バッタなどはどれも大きすぎて、この視野からはみ出してしまいます。

ファーブルには3製品ありますが、どれを買えばよいのか迷うかもしれません。私の見解では、「ファーブル・ミニ」が一番いいと思います。「ミニ」には照明が無いというのが気になるかもしれませんが、昼間の屋外なら明るさは十分ですし、屋内でも蛍光灯で実用的に使えます。よって照明機能は必要ありません。これは私自身が実際に使ってみての感想です。また、「ファーブル」の照明用の電池は特殊で高価で使用時間が短いため使いづらいものです。ここは軽さと利点からも「ファーブル・ミニ」を取るべきでしょう。
「ファーブル・フォト」はデジカメを接続できて便利そうですが、より良い写真を撮るには性能が足りないように思います。取り付けられるデジカメの種類が限られているというのも不満です。もうちょっと予算を足して高性能な顕微鏡と好みのデジカメを買う方がいいのではないかと思うのです。(学校などで何台も買うのなら、1つぐらいは「ファーブル・フォト」を導入するのはいい選択だと思います。)

さて、顕微鏡を買うにあたってしっかりと考えておくべきことがあります。それは、「何を観察するのか?」ということです。意外と観察対象がないのが顕微鏡の難しいところなのです…。
今回はファーブルを買ったとして話を進めてみましょう。視野11mmに適当な大きさの動物は何でしょうか。答は昆虫、それからクモといったあたりになります。そんな中で私がお勧めするのはアリです。大きさは適度、どこにでもいて、優れた参考書(学研の「日本産アリ類全種図鑑」、WEB版は「Japanese Ant Image Database」)もある、ということでとっかかりにはちょうどいい対象なのです。
他には、ハエやカといった双翅目もだいたい適度なサイズですが、いい参考書が少ないのが難点です。双翅目は種類が多いだけでなく、意外と研究されていない分野だったりするのです。種類がわかっているのなら、例えばショウジョウバエなんかは学校教材としてはちょうどいいかもしれませんが。

顕微鏡を買ってもずっと付き合える観察対象が無ければ、個人で持つには宝の持ち腐れになるおそれあります。買う前にはこのことをよーく考えておきましょう。個人ではなく学校で購入するならば、理科の備品としてお勧めしたいアイテムです。ただし、この場合もどう授業で活用するかの計画は必要になりますが。一方、科学部のような専門的な活動で使うにはファーブルでは少々物足りなくなるかもしれません。

「ファーブル」シリーズはフィールド(屋外)に持ちだして使うには優れた製品です。値段も手頃です。しかし、より詳しく調べるには少し能力が足りないと思う場面も少なくありません。何より倍率固定では観察対象が限られてしまいます。
そこでより高いレベルの顕微鏡として、可変倍率の実体顕微鏡がほしくなるものです。このお話は次回に。


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