先日、新聞に「ツボカビ症」という両生類の病気のことが大々的に載っていたのに驚かれた方は多いでしょう。両生類が新聞一面に登場するなんて普通ならありえないことです。
ツボカビ症について簡単に説明しましょう。
ツボカビ症とは両生類の病気(感染症)です。その原因になるのはツボカビ類の一種によるものです。ツボカビ症は致死率が90%と非常に高いものです(ただし、感染しても無症状の両生類もいる)。世界的に広まっていて、オーストラリアや中米で壊滅的な影響を与えています。つまり両生類を絶滅させかねない非常に危険な病気なのです。
今回は日本で始めて感染が確認されたのですが、これは飼育されていたカエルの感染でした。もし、ツボカビ症が屋外で広まるとそれをくいとめるのは非常に難しく、両生類だけでなく、両生類に食べられ、あるいは両生類を食べる他の生物にも影響が及ぶおそれがあります。
飼育しているカエルを屋外に出さないように、また、カエルが脱走しないように気をつける必要があります。
このツボカビ症について、詳しくはWWFジャパンのホームページをご覧下さい。
さて、問題の「ツボカビ」とは、真菌に属するグループのひとつです。「菌」といっても細菌のことではありません。専門的に言うと、真菌は真核生物、細菌は原核生物で、まったく異なるグループです。
真菌にはキノコやカビといったものが含まれます。キノコが「菌」というのは意外に思えるかもしれませんが、間違いではありません。私たちが「キノコ」と呼んでいる「傘」(正しくは「子実体」と言う)はキノコの体の一部でしかありません。キノコの本体は地中(あるいは枯れ木の中など)に菌糸となって広がっているのです。子実体というのは、植物でいえば「花」にあたる部分、とたとえることができます。子実体は胞子をばらまきますが、これは植物では花が種をばらまくのと同じようなことなのです。
ツボカビは真菌の中でも原始的な性質を持つグループのようです。
ツボカビの「ツボ」とは遊走子嚢の形からつけられた命名です。顕微鏡写真を見ると、確かにツボっぽい形です。「遊走子」とは聞きなれない言葉ですが、つまりは「胞子」のことです。胞子にべん毛があり、自力で運動できるものを「遊走子」と呼びます。遊走子嚢とはその遊走子が入っている袋状の構造のことです。
ところで、もう一方の主役である両生類にはどんな種類が含まれるかも見てみましょう。両生類というとカエルを連想することが多いでしょうが、他にはどんな種類がいるのでしょうか。
有尾目=イモリ、サンショウウオ、サラマンダー、サイレンの仲間
無尾目=カエルの仲間
無足目(アシナシイモリ目)
両生類にはこの3つのグループがあります。
最も種類が多いのは無尾目、つまりカエルです。種の数は上記のWWFジャパンの資料では5743種とされていますが、未発見のカエルはまだまだいることが予想され、6000種以上ともいわれています。有尾目が340種ほど、無足目が150種ほどなので圧倒的にカエルが多いことがわかります。
有尾目はイモリやサンショウウオの仲間です。成長しても尾があるので「有尾」というわけです。和英辞書では、サンショウウオにあたる英単語は「サラマンダー」となっていることが多いのですが、これは正確ではありません。英語では一般に有尾目の全部を「サラマンダー」と呼んでいるのです。狭義のサラマンダーは(つまり分類学上では)上記のように有尾目の一部であり、サンショウウオでもイモリでもありません。サラマンダーの一番わかりやすい例は、かつて一世を風靡した「ウーパールーパー」です。「ウーパールーパー」というのは実は勝手につけられた「商品名」であり、和名では「メキシコサラマンダー」という名前です。
サンショウウオとサラマンダーは外見も似ているところがあるため混同されやすい動物です。サラマンダーはイモリに近いグループで、体内受精をします。サンショウウオは体外受精です。
両生類は他の脊椎動物と比べても劣ることのない動物であると私は思っていますが(そもそも生物には優劣など無いのですが)、法律上では鳥獣保護法、動物愛護法のどちらの対象にもなっていません。つまり、野生のカエルを捕まえても、飼っているカエルを虐待しても犯罪にはならないのです(野生のカエルの場合は、天然記念物とかその他さまざまな規制があるので何でも捕まえられるわけではありませんが)。これでいいんでしょうか?
ちなみに爬虫類は動物愛護法の対象になっています。魚類も両生類と同じくこの2法の対象外です(魚類の場合は漁業関連法律との関係がありますので仕方のない面もありますが)。
「家畜伝染病予防法」では「指定検疫物」というのがありますが、両生類はこれに含まれません。ただ、含まれなくても問題が発生すれば随時検疫対象になります。両生類も今回の件があったので検疫の対象にするかどうかの検討がなされると思われます。
外来生物法では、両生類も対象にもなります。現在はオオヒキガエル、コキーコヤスガエル、キューバズツキガエル、ウシガエル、シロアゴガエルが指定されています。しかし、ツボカビ症は国内種、移入種に関係なく感染しますので外来生物法が特別に役に立つわけではありません。
ツボカビ症の国内への感染経路を推測すると、ペット目的で輸入された両生類がツボカビ症を持ち込む可能性が高そうです。あるいは、輸入資材(コンテナ、船便、貨物の中の土や梱包材)に混じって偶発的に持ち込まれる可能性も否定できません。
両生類をペットとして飼う人なんているの?と思う方は多いでしょうが、どんな動物でも飼育マニアというものは存在します。爬虫類ほどではありませんが両生類マニアも確実に存在します(爬虫類ペットぐらいで驚いてはいけません)。両生類マニアは、日本なら普通はカエル好きでしょう。欧米の場合は有尾目の方が人気が高いそうです。つまり、サラマンダーとかサンショウウオが人気なのです。
話を戻して、ツボカビ症の拡大を阻止するには、輸入を制限する(輸入禁止や検疫強化)か、飼育者の意識を向上させる(屋外への遺棄の禁止あるいは罰則強化)かが当面の対策になるでしょう。そう考えると、動物愛護法の対象に両生類が含まれていないのはまずいんじゃないか?と私は思うのです。私は以前から両生類も対象にした方がいい、と主張してきたのですが、世間一般では両生類は特殊なものという考え方が強いのでしょうね。ですが、どんな動物にもマニアは存在する以上、動物を区別することなく包括的に扱った方が今後のためにもいいのではないかと思うのです。つまり、両生類に限らず、魚類も含めるべきだし、昆虫も含めるべきで、クモも含めて、ザリガニも含めて、ムカデも含めて、ミジンコも含めて、カタツムリを含めて、ミミズも含めて、……と、そういうことです。
(ここで注意してほしいのは、動物愛護法は飼育動物のみを対象にしていることです。野生動物は対象になるはずもありません。野生のミミズなんて管理できるものではありませんからね。)