注意 タイトルに「動物探偵」という言葉を使っていますが、私の本職は動物探偵ではありません。また、動物関係の事件を無条件に扱っているわけでもありません。特に、迷子ペットの捜索は一切やりません。動物探偵の仕事もタダでやっているわけではありません。ギャラは高いです。 |
この話はもっと時間がたってから書こうと思っていたのですが、この事件が持つ本当の意味に最近気がつき、早めに書いた方がいいと思い直しました。
この話は事実に基づきますが、いろいろな事情のため細部をぼかしてあります。この点ご了解ください。
それは昨年の秋のことでした。
私の元にある昆虫の死がいが届けられました。顕微鏡で見てみると、それはシバンムシでした(シバンムシ(死番虫)についてはこちらを参照)。具体的にはタバコシバンムシ。害虫としては珍しくもない昆虫です。何でこんな平凡な昆虫を持ってくるのかと不審に思いましたが、それには理由がありました。そのシバンムシは発生しないはずの場所で大発生していたのです。
話はさらに数週間前のこと。某企業のビルの地下駐車場で正体不明の虫が突如大発生しました。害虫駆除業者が薬剤を散布して大発生は治まったものの、その発生の原因は不明でした。害虫駆除業者は作業時に怪しい箇所を点検しましたが、発生箇所・原因はわからずじまいでした(シバンムシであることは当然わかっていたにもかかわらず)。
とりあえず駆除はしたものの、再び大発生しては大変、という判断があったのかどうかはわかりませんが、私が現場に調査に出かけるということになったのです。
ここで、タバコシバンムシについての情報をまとめておきましょう。
タバコシバンムシは茶色の小さな甲虫です。肉眼ではゴマ粒のようにも見えます。食材を食べる害虫としてはかなり普通の存在で、一般家庭でも温かい季節に室内を飛んでいたり、テーブルの上を歩いていたりすることがあります(おそらく読者のあなたも見ている可能性が高いです)。タバコシバンムシの発生源はほぼ間違いなく屋内の食材であり、屋外で発生することはほとんどありません。
タバコシバンムシが食べるものは、例えば穀類、菓子類がわかりやすい例でしょうか。ビニール袋などは食い破ってしまうことがあるのでやっかいです。他には小麦粉、香辛料といった粉末状のものも挙げられます。まあ、主に植物由来の食材がお好みの傾向があるようです。名前の由来の「タバコ」も植物ですしね。
タバコシバンムシが大発生したという現場に到着して、私は「むむう」とうなりました。なぜここで大発生したのか?
昆虫に限らず動物が繁殖するには2つの条件が必須となります。それは「食べ物」と「繁殖場所」です。「食べ物」が無ければ生きていけないのは誰でもおわかりでしょう。「繁殖場所」というのは、つまり「巣」のことですが、昆虫のような超小型動物の場合はどこでも巣になりうるので現段階では無視してもいいでしょう。
わたしがうなったのは、そこには食べ物がまったくなかったからでした。なにしろそこは地下駐車場なんですよ。正確には、地下駐車場の片隅にある配管系設備がある場所、物置兼用、といったところです。タバコシバンムシの発生はその一帯に限られていましたから発生場所は間違いなくここなのです。
この場所は何か食材と関係あるのか確認するためビルの管理担当者に質問をしてみました。まず、食堂の場所は? このビルには食堂はありますが、それはずっと上の階。そちらの方では何の被害も発生していないとのこと。では、食堂に食材を運び込む時に地下駐車場を使うのか? 答えはNO。搬入は1階からだけ、とのこと。そして、地下駐車場には食材関係は置いていないと言うのです。
この状況から言って、今回の大発生と食堂はまったく無関係と考えられます。どこか壁の裏側に隙間があるのではないかと疑いたくなりますが、がっちりしたコンクリート壁に囲まれており、その可能性は無さそうです。
となると、配管系の隙間が疑われるのですが、ビル内の他の箇所ではまったく目撃されていないことから、やはり発生源はこの場所としか考えられないのです。
いやいや、それはないだろう…これだけ大発生するにはそれだけの食べ物が必要になるはず…。ぱっと見た所それらしい物はありません。書き忘れていましたが、その大発生の量とは「びっしり」というほどのものだったそうで、半端な数ではなかったそうです(そんな面白い現場はぜひライブで見てみたかったものです…)。
ともかく、動物探偵の仕事はその謎を解くことです。熟練した害虫駆除業者でさえ解明できなかったミステリーに挑戦せねばなりません。大発生から時間が経っていて、現時点では発生していないため、原因は既に消滅している可能性はあるものの、「わかりませんでした」で帰るわけにもいきません(帰ってもいいんだけど)。
まずやるべきは現場検証です。現場を隅から隅までチェックすることです。
タバコシバンムシの死がいはまだ多少現場に残っていました。ごく一部はまだ生きているものもいました。死がいは掃除しにくい箇所に多く見られるようでした。死がいの数が多いのは配管系です。となると、やはり怪しいのは配管系なのでしょうか…。ただ、それには根拠が足りません。配管のどこに食べ物があるというのでしょう。ちなみにこの配管の中は水です。水の中ではさすがのシバンムシも溺死してしまいます。
この場所にはいろいろな資材、それらが入った段ボール箱が置かれています。しかしながら先にも書いたように食材関係は置かれていません。タバコシバンムシが金属や塗料を食べるなんて話は聞いたことありませんしね。
奥のドアの向こうには機械室がありましたが、そちらは詳しく見るまでもありません。そちらには死がいも食べ物もないのですから。
一通り現場を見て回っても何の手がかりも見つかりません。やれやれ…これは本当に迷宮入りかも…。世の中には専門家でもわからないミステリーというのは存在するわけで、やっぱり今回の事件もそういったものの仲間入りなのかもしれません。
しかし、あっさり降参するわけにもいきません(私は一応専門家としてやって来ているので)。今度はそこにあるものをもう一度よく観察し直してみることにしました。むき出しの資材、段ボール箱、缶、配管…。
注意して観察を続けていくと、ある段ボール箱が目にとまりました。その段ボール箱は角が破れているのか、中から何かの粉がこぼれています。粉…? そういえばタバコシバンムシは粉状の食材も好みだったっけ。
「すいません、この箱の中身は何ですか?」
段ボール箱の表面の表記によれば、それは空調機器のパーツのようです。なんでそんな箱の中に粉が入っているんでしょう? 管理担当者も中身をはっきりとは把握していなかったようで、とにかくすぐに中を確かめてみることにしました。
ガムテープをはがして段ボール箱を開けてみると…確かに空調機器パーツが入っていました。しかも、それは大量の粉に埋もれて…。何だ、この粉は? と思いましたが、正体はすぐにわかりました。その粉の原形だったと思われる物体がかろうじて残っていたのです。それは、「発泡梱包材」! 品物を箱に詰める時、キズがつかないようにふわふわもこもこしたモノをいっしょに入れますよね。あれです、アレ! あれが粉々の、砂のようになってしまっているのです。粉をかき分けてみるとタバコシバンムシがすぐに見つかりました。これこそが発生源に違いありません。
つまり、タバコシバンムシはこの梱包材を食べながら繁殖を繰り返してきたと推理されるのです。「食べ物」が豊富にあり、段ボール箱の中は誰にも見つからない「繁殖場所」となります。最初は梱包材は段ボール箱いっぱいに詰められていたのでしょう。そのほぼすべてを食いつくすほどなのですから、どれほどの数が繁殖していたのか…。大量発生の原因もこれで説明できます。
梱包材を食べつくした結果がこの粉…ということは、この粉はタバコシバンムシのフンということですか…。まあ、それはそうだとしても、これはなかなか面白い事件であることは明らかです。私はその粉の一部を採集袋に回収し、持ち帰ることにしました。
発生源は直ちに処分せねばなりません。問題の段ボール箱とその中身は管理担当者にすみやかに廃棄するよう要請しました。
これで事件は解決です。事件解決までの時間はわずか30分。名探偵の手腕発揮、といったところです。
一件落着したこの事件、しかし本当に重要なことがわかったのは持ち帰った「粉」を調べてからだったのです。
次回、完全解決編をお楽しみに。
次回記事「その2 シバンムシが食べていた物質の正体は?!の巻」はこちら |