「シンカのかたち 進化で読み解くふしぎな生き物」 監修:遊磨正秀、丑丸敦史 著:北海道大学CoSTEPサイエンスライターズ イラスト:宮本拓海 発行:技術評論社 価格:1659円(税込) ISBN978-4-7741-3062-0 |
今回はボツになったラフ画を紹介していきましょう。どれも本編では採用されなかったラフばかりです。
本当の世界最大の生物
世界最大の生物は何か? 動物ならシロナガスクジラで、全長は30m近くなります。本書のp100では高さ110mのセコイアをイラストで紹介しています。これは植物最大。クジラよりもはるかに大きいのです。
しかし、本当に世界最大なのは、同じページで紹介しているオニナラタケという菌類の一種なのです。その大きさなんと8.9km2。ただし、その大部分は菌糸であり、地下に存在しています(といっても、地表すぐ下の場所)。詳しくは本書を読んでいただくとしましょう。
本書ではこのページのイラストはセコイアになっていますが、実はラフ段階ではそのオニナラタケを表現しようという案を考えていたのです。ですが、あまりに巨大、しかも本体は地中。これをどうやって表現するか?
その答えが上のラフ画です。8.9km2に近い大きさ、誰にでもわかる比較対象、というものを考えた結果、東京都千代田区(11.64km2)を例に引っぱり出したわけです。ラフ画の中央の円はオニナラタケの大きさ、その周りの境界線が千代田区です。千代田区の方がやや広いのですが、皇居を中心に主要なランドマークを配置していけばその広大さがわかるだろう…というプランなのです。
このラフ画がボツになった理由は私は聞かされていませんが、紙面上の面積ではこぢんまりしたものになったかもしれません。
ちなみに、セコイアのイラストでも比較対象になるものをいろいろ調べてみました。ところが、100m前後の適当な建造物がなかなかありません。最も近いのは通天閣ですが、関西以外ではなじみがないのが欠点です。東京タワーも並べることにしましたが、これは300m超で大きすぎます(展望台でさえ150mもある!)。
比較図を描くことは時々あるのですが、良い比較対象を見つけられるかどうかは重要なポイントです。
デュエット♪
ハダカデバネズミ(p192)のイラストは、ラフの段階では上の図のようにデュエットをさせていたのでした。吹き出しはもちろん冗談で、最終画には残らないものです。ラフではこういうお遊びも時々入れていたりしています。本当は真ん中にもう1匹プラスしてトリオにしようかとも思っていたのですが、それでは作業量が増えるのでデュエットにしたのでした。
しかし、それでもレイアウトが横長になってしまい、紙面上の収まりが悪くなるため、結局1匹だけになってしまいました。
走るハシリトカゲ
ハシリトカゲ(p162)という名前ならばやはり走っているところだよね!と思ってラフを描いたら、本文は「メスだけで単為発生」という話。このラフは即ボツになりましたとさ。走っているハシリトカゲの写真資料がこれまた少ないので描くとしても苦労したかもしれません。
走るトカゲといえばエリマキトカゲもいます。ハシリトカゲもエリマキトカゲも後脚だけで走ります。水の上を走るバシリスクというトカゲも後脚で走ります。トカゲの全部が後脚走行をするわけではありませんが、特に不思議なことでもありません。とはいえ、4足歩行の動物が走る時だけ2足走行、というのはよく考えてみると他にはあまり例がないかもしれません。
巨大ミミズを表現する
本書の特徴はミミズ、あるいはミミズ様生物(アシナシイモリとか)が多めであることでしょうか。ミミズは手足がないから描くのは楽だろうと思われそうですが、まあ、実際そうです。ただ、ミミズの体は多くの節からできているため、それをひとつひとつ描かねばならないのは大変です。作業量を軽減する方法ももちろんありますが、それはやはり企業秘密ということで…。
メガスコリデス(p96)は世界最大級のミミズです。さて、これをどう描くか。私のラフ案は上の通りです。これまた単純ですが(笑)。直径2cmの例えとして考えたのは、1円玉と同じということです。このラフ画の問題は、主役のメガスコリデスの面積が少なすぎるということ。ただでさえ細いんだから仕方ないことではありますが。
結局は、人がメガスコリデスを持っている図になりましたが、あんまり想像したくない図かもしれませんね。私もちょっといやかも。でも、この絵を描くにあたっては、3mに切ったビニールひもを実際に手に持って長さを確認しているのです。
謎の巨大宇宙生命体
最後に本文でも採用されなかったものをひとつ。実は当初のリストの中にはゾウリムシが含まれていました。
ゾウリムシというと、あの草履のようなサンダルのような姿で有名です。理科の教科書にもよく載っていますしね。ゾウリムシはその名前のせいもあって平べったいんだと思われている方がほとんどでしょう。私も深く考えたことなんてありませんでした。
しかし、今回イラストを描くにあたって、ふと気がつきました。ゾウリムシって本当に平べったいのか? 生物の体が平べったいとすれば何か理由があるはずです。例えば岩場にはりついてカムフラージュするためとか、そういった理由です。しかし、ゾウリムシには何の理由も思いつきません。また、ゾウリムシの写真がどれもこれも草履型なのも不思議です。真横から見た平べったい画像があってもよさそうなのに…。これらから推理できる結論はひとつだけ。それは、「ゾウリムシは平たくない!」ということです。実際調べてみるとその通りで、ゾウリムシは棒状というか、ナスのような形状をしているのです。ゾウリムシには表面に細かい毛が生えていますが、これも当然ながら表面全体に生えています。顕微鏡写真では輪郭に沿ってだけ生えているようになっていますが、これは顕微鏡の被写界深度が非常に狭いことから説明できます(厚みがある対象物の全体にピントを合わせることができないため)。
これに基づいて、ラフではゾウリムシを3D的に表現しました。それはまるで巨大な宇宙生物のような姿になるはずだったのです…。ゾウリムシを描けなかったことは今回最も心残りだったことのひとつです。機会があればちゃんと描いてみたいものです。しかし、体全体にびっしり生えた毛を描かねばならないかと思うとやっぱり描かなくてよかったとも思うのです(笑)。
さて、3回にわたり書籍本編とはあまり関係のないことばかり書いてきましたがいかがでしたでしょうか? 本文とはまた違う角度から生物を見ることができたのではないかと思っています。また、イラストレーターの思考を知る珍しい機会にもなったかと…。
本書では全部で64種の生物種が登場しています。イラストレーターの苦闘の結果は、ぜひ本書をご購入して確認してください!