先日、環境省自然環境局から「クマ類出没対応マニュアル」が発表されました。その全文は以下から入手できます。
「クマ類出没対応マニュアル-クマが山から下りてくる-」
このような文書が作られたのは、マスコミ報道などでご存知の方も多いように2004年、2006年にツキノワグマの大量出没が発生したためです。この大量出没は記録に残る1923年以降での最多記録になるものでした。そして死亡事故、負傷事故も過去にない数字となりました。
これが2004年だけのことなら「異常気象による一時的な現象」で片づけられたのでしょうが、たった2年後にも同じような異常現象が発生しました。直接の原因が食料不足だったとしても、その背景には森林環境・里山環境の変化があるとも考えられます。
クマ対策はこれまでにも各地で進められてきましたが、国としても方針を検討しなければならない、と、おそらくそういう流れでこのマニュアルが作られたものと思われます。
さて、このような文書が国から提示されたからといって、それをそのまま鵜呑みにする必要はありません。むしろ、その内容は適切なものなのか、批判的に読むべきでしょう。国が言うことがいつも正しいとは限らないのですから。
ところが、このマニュアルはなかなか出来がいいと私も認めざるをえません。もちろん、内容的にこなれていないなど気になる点はあります(元編集者としては誤字脱字や用語の統一が不十分であることも気になってしまいます(←職業病(笑)))。ですが、全体としてはバランスよく、必要なことをきちんと述べている内容になっています。
ただし、このマニュアルはクマ対策を手とり足とり教えてくれるものではありません。むしろ、クマ対策の共通認識の基盤を提供するものと言えます。「一般的な対策と事例を紹介しているので、あとは自治体でちゃんと取り組んでね」ということです。国は最後まで面倒を見ないのか!と怒ってはいけません。実際にクマ対策を実行するのは自治体の仕事です。国ではなく地元が主体的に動いてこそ、クマ対策は効果的なのです。
マニュアルの内容を簡単に紹介しておきましょう。内容は大きく3つに分けられます。
「クマ類の出没への対応」では、クマの現状、生息地の環境、大量出没の分析がされています。
「マニュアル編 第1部:地方自治体鳥獣行政担当者の皆様へ」では、自治体向けの内容で、出没防止、出没予測、出没時の対処、記録と分析、長期的な対応を述べています。
「マニュアル編 第2部:生息地周辺の住民の皆様へ」は一般向けの内容で、クマについての基礎知識や対処方法が書かれています。
総ページ数100ページを超え、全部読むのも大変ですが真面目にクマ問題を論じるならぜひ全文に目を通すべきでしょう。クマ問題に興味がある方のための入門書にもなるでしょう。ホームページには「要約版」も掲載されていますが、やはり全文を、ぜひ読んでいただきたいものです。
クマ問題について、私が特に重視しているのは次の3つです。
・「クマを殺せば解決」ではない
クマを殺しすぎて絶滅、なんてことになっては意味がありません。また、多少のクマを殺したところで、本質的な問題を解決しなければ同じことが繰り返されるだけです。殺処分は緊急手段でしかないと認識しなければなりません。
・対策は地域によって異なる
クマが多い地域とクマが絶滅しそうな地域とでは当然ながら対策は異なってきます。また、地理的条件(山林と住宅地の位置関係、農地分布など)によっても対策は異なるでしょう。つまり、全国共通で使えるマニュアルは存在しないのです。現場で考えるしかないのです。
・地元自治体による自主的・継続的取り組みが必要
これはつまり、十分な予算の割り当て、専門の人員の配置ということです。問題が起きた時だけあわてて人員を割くのでは手遅れなのです。
これらについてはこのマニュアルでも言及されていますので行政当局も認識していることなのですが、一般にはあまり理解されていないように思います。
この3項目はクマだけでなくその他の害獣害鳥問題にも応用がきくものであると言えそうです。「クマ」を何か他の害獣害鳥の名前に置き換えてみてください。置き換えても意味はちゃんと通じるはずです。
これを例えば東京カラス問題に置き換えてみると、都当局は「カラスを殺せば問題解決」と考えており、それだけでも失格であると断言できます。行政当局がこれでは問題は永遠に解決しないでしょう。
害獣害鳥問題に取り組むのは行政(地元自治体)の仕事です。まずは行政がしっかりしてもらわねばならないわけで、「クマ類出没対応マニュアル」が自治体担当者を主要読者と想定しているのは正解なのです。