Vol. 371(2007/7/29)

[今日の事件]小さな節足動物が島をくずす

しばらく前に、ナナツバコツブムシという生物が島を消滅させつつある、という新聞記事がありました。朝日新聞では7月11日夕刊、毎日新聞では6月26日(こちらはネット掲載日付)に掲載されています。生物が原因で島が消えるとはどういうことなのでしょうか。

その問題の島は、東広島市の沖合にあるホボロ島という小さな島です。gooogleMapまたはgoogleEarthでは「34.293756,132.840768」の位置にある島のようです。約80年前には東西約120mあったそうですが、現在では満潮時にはほとんど沈んでしまうとか。
あまりにも急速に島が縮小していく原因を調べたのは「東広島市自然研究会」で、その経緯についてはホームページにも簡単に報告されています

それによると、「風化しやすい凝灰岩」「ナナツバコツブムシが岩に巣穴を掘る」「波の破壊力」といった原因が重なって島が消失しつつあるとのことです。

この「ナナツバコツブムシ」は、ワラジムシ目コツブムシ科に分類される動物です。ワラジムシ目にはその名の通りのワラジムシや、よく似たダンゴムシ、フナムシなどが含まれています。ワラジムシ目はさらに大きな分類では甲殻類に含まれるのでエビやカニの親戚とも言えますし、さらに大きくくくれば節足動物ということになります。

さて、このホボロ島の記事の内容ですが、「ナナツバコツブムシが岩を食べている」と誤解している人が多いのではないでしょうか。私が読んだ朝日新聞の記事ではナナツバコツブムシと島崩壊の関係についてあいまいな記述しかされておらず、毎日新聞の方も「無数の虫が掘った穴に波が打ち寄せることで岩が削られ」と書かれていて、ナナツバコツブムシが岩を食べたようにも受け取れます。

実際には、動物は普通は土や岩や金属のような無機物は食べません。動物が食べるのは有機物です。「有機物」の細かい定義をやりだすとかなり難しくなってしまうのですが、ここでは「生物に由来する炭素化合物」としておきましょう。
動物が岩や石や金属や塩を食べても、動物の体の材料にはなりませんし、エネルギー源にもなりません。つまり、なにはともあれ有機物を食べないことには動物は生きていけないのです。
しかし、無機物を意識的に食べる動物もいます。例えばゾウは岩(岩塩)を食べることで知られています。塩は無機物ではあるものの、これがないと動物は生きていけません(他にもカルシウムやマグネシウムや亜鉛など必要な無機物はいろいろとあり、「ミネラル」と総称されます)。草食動物(植物食動物)は、日常食べるものだけでは塩分が足りない傾向になりやすく、そのために塩を意識的に摂取しているようなのです。
しかし、無機物は主食ではありません。やはり有機物こそが食事の中心なのです。
動物が食べる有機物とは、実際には動物や植物といったなんらかの生物そのもの、あるいはその死体です。
ナナツバコツブムシが何を食べているのかは記事からはわかりませんが、近縁の種類ではプランクトンつまり海中をただよっている小型動植物を食べているので、ナナツバコツブムシも同じようなものなのでしょう。例えば、島が満潮で水没した時に海中のプランクトンを食べているのかもしれません。または、波で打ち上げられる有機物を食べている、岩場にはえる藻類を食べている、といったことも考えられるでしょう。いずれにせよ、ナナツバコツブムシは岩を主食に食べているのではありません。

では、ナナツバコツブムシはなぜ岩に穴をあけるのでしょう。これは、住み家を作るためと思われます。ナナツバコツブムシのような小さな動物は、波で簡単にさらわれてしまうでしょう。そうならないようにするには、穴を掘って隠れることで波の影響を抑えるのは悪くない方法です。卵を産むにもそういう場所の方が安全確実です。また、穴に隠れればナナツバコツブムシを食べようとする大型動物から身を隠すことにもなります。
ナナツバコツブムシたちは身を守るために必死に岩を削っているのでしょう。ただ、その岩がもろい性質であったために掘れば掘るほど崩壊しやすくなり、また新たに掘り進めるとさらに崩壊し…と崩壊速度を加速する結果になってしまっているようです。

他の島でも同じようなことが起こるのではないか、と心配な方もいるでしょうが、そのためには岩石の組成、ナナツバコツブムシの天敵がおらず大繁殖が可能、いつも波がかぶる、といった要素がそろわなければなりません。また、小さなホボロ島でも消失には何十年もかかっています。条件がそろっていたとしても、ちょっとした大きな島が消えてしまうには何百何千年もかかるはずです。ですから、あまり心配することなくぐっすりお休みください。


とにかく、ナナツバコツブムシは島を「食べて」いるのではありません(「穴を掘っている」と言うべきなのでしょう)。
新聞記事の表現があいまいなのは、記者の理解力が足りないのか、文章が下手なのか、あるいは取材源の説明があまり良くなかったのか…原因はわかりませんが、もうちょっと掘り下げてほしいニュースではあります。特にナナツバコツブムシの生態については詳しく報道してほしいですね。


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