今回はいつもと違った話をしましょう。
この1年ほどかけて、私はレイ・ハリーハウゼンの映画作品をレンタルDVDでほぼ全部見ました。ハリーハウゼンの名前は、特撮ものが好きな人ならば必ず知っているでしょう。そうでなくても「アルゴ探検隊の大冒険」(1963年)や「恐竜100万年」(1966年)のストップモーションアニメーションを担当した人、と言えばわかる方も多いでしょう。「アルゴ探検隊」では巨大な青銅の巨人が船を持ち上げ、主人公と骸骨剣士がチャンバラをするシーンが有名ですし、「恐竜100万年」では人間(原始人)と恐竜が戦うというシーンで有名です。CGの無かった時代に、ストップモーションアニメーションを駆使してこのような映像を作りだしたのです。レイ・ハリーハウゼンは映画史を語る上で欠かせない人物なのです。
こう書くと昔の人のようですが、1920年生まれで今年で87歳になります。最後の作品が1981年ですから、若い人には知られていないことでしょうね。1980年頃といえば、「スターウォーズ」(1977年)や「エイリアン」(1979年)といった新時代の(しかしCGは未発達の)特殊撮影技術が登場した頃で、ハリーハウゼンから新世代に移行していった時代と言えます。ちなみに同じ1920年生まれのSF作家、レイ(レイモンド)・ブラッドベリはハリーハウゼンの親友で、ブラッドベリも存命中です。お二人とも長生きですね。
また、ハリーハウゼンの師匠であるウィリス・オブライエン(1886-1962)も特殊撮影の功労者として忘れることはできません。映画史上の傑作「キング・コング」(1933年)や「ロスト・ワールド」(1925年)のストップモーションアニメーションを担当しています。
ハリーハウゼン作品は当時としては非常に画期的なものでした。私も子どもの頃「アルゴ探検隊」を見てとてもびっくりしたものです。しかし、最近の映画技術から見ればもはや古くさいものであることは否定できません。
しかし本当に古くさいものなのでしょうか? CG全盛の現在でも、製作作業でやっていることは実は同じではないでしょうか。
ハリーハウゼンがやったのは「模型を作り、それをコマ撮りする」ということ。これが現在では「3DCGでモデリングし、それをコマ単位で動かす」になりました。現在は作業のほぼすべてがコンピューターの中で処理されますが、やっていることは本質的には同じなのです。
違いといえば、現在ではより精密なモデリングが可能になったり、いろいろな動きを試すことができるようになったり、デジタル画像合成でより自然な画像が得られるようになったということですが、これは技術の進歩による当然の帰結です。そして、それもこれもやはりハリーハウゼンらのストップモーションアニメーションの技術の蓄積があってこそでしょう。
さて、ここからは「いきもの通信」らしく動物の話をしましょう。
ハリーハウゼン作品で特に私の興味を引いたのは、動物たち(実在・架空の両方)の動きです。実在の動物はまるで本物のような動きを見せますし、架空のものでもよく考えられた動きをします。
「地球へ2千万マイル」(1957年)と「恐竜グワンジ」(1969年)ではゾウが登場しますが、これが本物そのままの動きをします。よく動物を観察しているな、と感心させられます。そしてこれらの2作品ではゾウが金星生物と(「地球へ2千万マイル」)、あるいは恐竜と(「恐竜グワンジ」)戦う場面があります。そのシーンのよくできていること! かくかくしたアニメーション特有の動きはあるものの、本当に戦っているような体の動きを見せてくれます。
「恐竜グワンジ」ではエオヒップス(エオヒプス、Eohippus=ヒラコテリウム)というウマの先祖の動物が登場します。これは現生のウマを参考にしたらしく、やはり自然な動きを見せてくれます。(実際のヒラコテリウムは映画に登場するものよりもう少し大きい。)
「ガリバーの大冒険」(1960年)では、巨人国に漂着したガリバーが、ワニの子どもと戦わせられるシーンがあります。えーっと、ややこしいのですが、巨人国ではガリバーはとても小さいわけですから、ワニの子どもといっても世界最大のナイルワニよりもはるかに大きいのです。小さなガリバーとワニ、そしてそれを眺める巨人たち、というなかなか不思議な場面が展開されます。
恐竜が登場する作品には「恐竜百万年」「恐竜グワンジ」「原子怪獣現わる」があります。ティラノサウルスのような肉食恐竜がしっぽを引きずっているのは当時の学説によるもので、現代の学説には合いませんが、それを差し引いても迫力ある画面です。
「恐竜グワンジ」ではカウボーイ(正確にはカウボーイではない)が投げ縄で肉食恐竜を捕獲しようとするシーンがあります。1960年代の技術でいったいどうやって合成撮影したのか、感心するばかりです。(「恐竜グワンジ」は人気は低いのですが、私は傑作ではないかと思っています。)
恐竜ものは、やはり人間VS恐竜の戦いが迫力があって面白いです。「恐竜100万年」で人間がヤリで中型肉食恐竜に立ち向かうシーンなんかはハラハラドキドキです。もっとも、相手は恐竜でなくても面白いもので、骸骨戦士やカーリ像(「シンドバッド黄金の航海」)との戦いも手に汗握る場面です。「どうやって撮ったのかわからない」「現実にはありえない」というのが面白さのポイントなのでしょう。これが現在では、「CGなら何でもできるから特に驚かないよね〜」というところまで行き着いてしまっています。進みすぎた技術というのも考えものですね。
「原子怪獣現わる」は、水爆実験でよみがえった恐竜がニューヨークで暴れ回る、というどこかで聞いたことがあるようなストーリーですが、原作はレイ・ブラッドベリで、映画公開は1953年「ゴジラ」は翌1954年なので、オリジナルは「原子怪獣現わる」なのですね。(もっとも、「未知の生物が大都会に現れ暴れる」というプロットはオブライエンの「ロスト・ワールド」(1925年)、「キングコング」(1933年)で既に登場していますし、「ロスト・ワールド」の原作コナン・ドイル「失われた世界」は1912年の作品です)。
ハリーハウゼン作品の中の架空生物の中で私が気に入っているのは「地球へ2千万マイル」の金星生物(イーマやイミールなどと呼ばれている)です。爬虫類のような外見ですが、直立歩行をするので人間のようにも見える生物です。地球外生物なのに明らかに脊椎動物であるのはちょっとしたナゾですが、よく考えられた造形です。これが日本だと着ぐるみになってしまい、造形上さまざまな制約が発生してしまいます。これが日本の特撮の限界、とも言えるでしょう。ストップモーションアニメーション(現代ならCG)の方が、造形としては面白いものになるのは当然です。
ちょっと変わった生物といえば、「SF巨大生物の島」に登場する巨大カニがあります。これは本物のカニの中身をくりぬいて、外殻をそのまま模型として使用しているのです。だから、妙にリアルな感じです(笑)。これは外骨格動物だからこそ可能な表現ですね。
ハリーハウゼンなんて古い、と思われる方もいるでしょうが、今見てもなかなか興味深い作品ばかりです。現代の特撮映画作品はひたすら派手に、ひたすら大げさになっただけではないでしょうか。作品として古典が劣るということはまったくないと思うのです。
ハリーハウゼン作品はDVDが発売されていますし、レンタル屋にも置いてあります(大きめの店でないと作品が揃っていないと思いますが)。ぜひご覧ください。