この夏、新聞の片隅に小さく載っていたニュースがありました。それは国内の航空会社が特定の犬種の預かりを中止する、というものでした。
ペットといっしょに旅行したいという需要はあるので、旅客機に動物を乗せることはできます。ただし客席に同席できるのは体が小さいイヌだけで、他は貨物室に置かれることになります(このあたりのルールは航空会社によって異なるのでご注意を)。貨物室の乗り心地はそれほど悪いものではありませんが、ある種類のイヌについては万全を保証できない、ということを航空会社が発表したのです。
まずはその発表自体を見ていただきましょう。最初はJALグループから。
http://www.jal.co.jp/other/info2007_0702.html 2007年7月2日 特定犬種(フレンチ・ブルドッグおよびブルドッグ)お預かり中止に関するお知らせ 平素よりJALグループをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。 弊社では、ペット輸送時の温度や湿度などの環境調査を行い、また獣医師などの専門家のアドバイスをいただき、ペットを安全にお預かりするために取り組んでおります。 すでにご旅行を計画されているお客さま、今後ご旅行を予定されているお客さまには大変ご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解のほどよろしくお願いいたします。 記 ● 1.開始日 : 2007年7月20日(金)〜(通年実施) 以上 |
これだけでは、なぜブルドッグ&フレンチ・ブルドッグが対象になったのかよくわかりませんね。別のページには動物輸送についてのもう少し詳しい説明が掲載されています。
http://www.jal.co.jp/dom/service/pet/attn.html 航空機における輸送環境 および お客さまにご留意いただきたい事項 航空機における輸送環境 ペット輸送時の環境保全につきましては、常に万全を期しておりますが、航空輸送の環境は、次の点でペットに対してストレス・悪影響を与える恐れがありますので、あらかじめご理解いただきますようお願いします。また、飼い主と離れることによってもストレスを感じる場合がございます。 ● 温度・湿度 お客様にご留意いただきたい事項 ● ペット輸送に際し、可能な限り屋内、もしくは日陰において保管する等、輸送環境の保全に万全を期しておりますが、夏季においては、なるべく昼間帯を避け、朝・夕の涼しい時間帯での輸送をお勧めいたします。 |
今回のブルドッグ&フレンチ・ブルドッグの措置は「夏季期間中の高温・多湿」と関連があるのですが、JALの説明ではわかりにくいですよね。
次は全日空の発表です。
http://www.ana.co.jp/topics/notice070723/index.html ブルドッグなど短頭犬種のお預かり中止について 平素よりANAグループ便をご利用頂き厚く御礼申し上げます。 すでにご利用を予定していらっしゃいましたお客様には大変申し訳ございませんが、何卒ご理解を賜りますようお願い申しあげます。 記 1.期間:2007年8月1日〜9月30日 【お問合せ先】 旅行会社にてご予約いただいたお客様は、ご予約いただいた旅行会社にお問い合わせください。 2007年7月23日 |
こちらの発表も読めば、「夏の間の高温・多湿の環境は鼻が短いイヌには安全とは言えない」ということがわかります。両社とももうちょっと詳しい理由を説明してほしいところですが…まあ、それはさておいて、それぞれの措置の中身を比べてみましょう。
まずJALは、対象はブルドッグ&フレンチ・ブルドッグのみ。通年実施。
一方の全日空は、対象は鼻が短い種を一通り。実施は8月〜9月。
それぞれ内容が違っているのにはとまどってしまいます。JALは犬種を絞っているのに対し、全日空は多くの鼻が短い犬種を指定しています。実施期間も通年と夏季ではかなり違うものです。
JALがブルドッグ&フレンチ・ブルドッグに絞ったのは、これらの犬種の取り扱い数が特に多いか、問題が発生する頻度が高い、といった理由があるからなのでしょう。また、他の犬種については個別の対処を利用者にお願いすることで個別に対応するのでしょう。そもそも犬種に関係なく幼犬や老犬には飛行機旅行のストレスはかなりのものになりかねないのは明らかです。
全日空の方は、犬種を幅広く広げることで問題が起こる可能性を回避しようとしているようです。
どちらがより適切かは判断が難しいのですが、利用者側もこういったリスクがあることを考えて旅行を計画した方がいいでしょう。国内の会社だけでなく国外の会社でも似たような措置をとっているところは多いはずです。中には規制が緩い会社があるかをしれませんが、それは対策が万全という意味とは限らず、そういった問題に関心が低いというだけの可能性もあります。航空会社を信頼しすぎることなく、利用者がよく考えるにこしたことはありません。
なお、これらの措置は今後も変更される可能性が高いので、常に最新の情報に注意した方がいいでしょう。
さて、肝心の鼻が短いイヌが問題になる理由について説明しましょう。これはイヌの体温調整の仕組みと関係があります。
人間の体温調整は汗をかくことで行われます。あるいは服を調整するというかなり高度な手段もあります。イヌの場合は人間とまったく事情が異なります。イヌは汗をかきません(まったく汗がないわけではなく、肉球は汗をかく
が、体温を調整できるほどの汗の量ではない)。そのため、呼吸で体温調整をしなければなりません。
ここで重要なのが鼻の役割です。鼻の中は血管が浅い場所にあるため、血液の熱を放熱しやすくなっています。つまり体温を下げる機能があるのです。血管が浅い場所は他にも気管や舌などがありますので、そういう箇所も総動員して放熱をするのです。暑いと呼吸が荒くなるのは放熱をしているのです。もっとも、その放熱にも限界があるのでそもそも高温には注意しなければなりません。イヌが熱射病になりやすいというのは飼い主にとっては常識のはずですが、どれほどの人が理解しているか心配です。
ただでさえ限度のある放熱機能なのに、鼻が短いイヌにはさらに不利な状況になります。鼻の体積が相対的に小さい短鼻犬は放熱機能が弱いのです。また、鼻が短いイヌは構造上、鼻呼吸がしにくいためなおさら温度調整が苦手のようです。鼻が短いイヌの飼い主は夏場の温度管理には特に注意が必要です。
イヌの祖先はオオカミであり、ご存知のように鼻が長い形態をしています。鼻が短いイヌというのは、人間が品種改良を繰り返した結果生み出された品種なのです。
チャウチャウ、パグ、ペキニーズは名前からわかるように中国原産です。ペキニーズは2000年近い歴史があるようですね。チンは日本産ですが由来は大陸からのようです。ブルドッグは19世紀には現在と同じような形態になっていますが、さらに数百年起源をさかのぼることができそうです。フレンチ・ブルドッグはブルドッグから派生した品種です。
これら短鼻犬はだいたいが「愛玩犬」に分類されます。「コンパニオン」または「トイ」とも呼ばれるグループです。そのグループ名からもわかるように、狩猟や牧羊のような実用的な目的のためではなく、宮廷や貴族の持ち物として愛好されてきたのが短鼻犬なのです。もっとも、ブルドッグはイギリスで牛いじめの闘犬として知られていましたが、これはちょっと例外的でしょう(1835年に牛いじめが禁止されてからは闘犬としての役割も終わった)。
暑さに不利であっても、人間よって過保護にされてきたために短鼻犬は生き残ってきたと言えるでしょう。犬の飼い主はこういった歴史的背景のこともちょっとは知っておいた方がいいと思うのですが、今の日本のペット・ブームの中ではそれも無理な話なのでしょうか。