先日、ライオン社の殺虫スプレー「氷殺ジェット」が自主回収になったニュースがありましたが、まずは時系列順に説明していきましょう。
この「氷殺ジェット」はライオン社の新製品でした。この製品はこれまでの殺虫剤と比べて画期的なものであったために新聞でも取り上げられました。朝日新聞(東京版)では2回も取りあげられています(2007年4月15日・別刷り「be」(いわゆる緑be)、2007年7月28日・別刷り「be」(いわゆる青be))。
これらの記事によると「氷殺ジェット」は「殺虫成分を含まない殺虫剤」「凍らせて殺虫」ということがコンセプトになっています。つまり、薬剤類を使わないのでより安全、ということなのです(もっとも、最近の殺虫剤の成分も人体に危険なほどではないのですが)。
同製品のキモは冷却の方法にあります。その冷却の方法は2段階からなります。
第1段階は、スプレーから噴射する時の冷却効果です。これはどんなスプレーでも同じことが起こっています。つまり、スプレ−缶の中の圧縮された液体を噴射すると、それが気化・膨張する時に温度が下がります。たいていのスプレーから噴射する気体がひんやりしているのはこの効果です。「氷殺ジェット」では噴射ガスとしてLPガスを使用しています。
しかし、これだけでは冷却は十分ではありません。そこで第2段階として、イソベンタンなど蒸発しやすい成分を混ぜています。これは蒸発する時に熱を奪うため、やはり冷却効果があります。これが目標の昆虫に付着することで直接冷却してしまうのです。
凍らせて虫を「瞬殺」できる、というのは新しい発想であり、これが注目されたのも当然のことでした。私も機会があれば試してみたいと思うほどでしたから。「氷殺ジェット」はかなりの人気商品となり、計画の2倍、325万本も売れたとのことです。
ところが、この画期的新製品に問題が発生しました。
2007年8月28日にマスコミ各社が報道し、新聞にはライオン社のおわび広告が掲載されました。「氷殺ジェット」の使用時に引火事故が相次いだため、ライオン社が自主回収を発表したのでした。
報道によると引火事故は20件発生しました。事故例のひとつでは、ガスレンジを使用中にシンク内のゴキブリに噴射したところ顔に軽いやけど、室内の一部も焼いた、とのことです。つまり、噴射に利用しているLPガスに引火したのです。LPガスは別名プロパンガスとも呼ばれ、家庭用ガスとしても使用されるものです。
実は「氷殺ジェット」の注意書きには「炎や火気の近くで使用しないこと」「火気を使用している室内で大量に使用しないこと」とはっきりと書かれていました。これを無視して事故を起こしたのは使用者にも問題があるかもしれません。しかし、殺虫剤があればとっさに使ってしまうのも人情です。そもそも引火の危険のある製品に問題があるとも言えます。
ちなみに、製品には注意として「家電製品(換気扇、扇風機、掃除機、洗濯機、冷蔵庫など)の付近で使用する場合は、電源を切ってから使用し」「変色や変質の恐れがあるので、プラスチック、塗装面、家具、建具、ふすま、障子紙、カーテンなどに噴射しないこと」などかなり非現実的な指示が書かれています。いちいち電源を切っていてはゴキブリはさっさと逃走してしまいます。これらの注意書きを厳密に遵守していては、製品を使う機会はまったく訪れないでしょう。
さて、ここからは私自身の話です。
実は私も自主回収の少し前に「氷殺ジェット」を購入しました。というのも、これまで自宅内ではほとんど顔も見なかったゴキブリが、この夏はやけに増えたからです。「氷殺ジェット」を使う前に、ほとんどはゴキブリホイホイで始末しました。ホイホイは古典的ながらかなりの効果が見込める製品です。しかし、最後に残った数匹は頭がいいのか勘がいいのかそう簡単にかかってくれません。そこで直接退治するために、氷殺ジェットを実地で試してみようと思ったのです。
さっそく「氷殺ジェット」を買ってきたのですが、製品本体の注意書きに「火気と高温に注意」と大きくあるのが妙な印象でした。というのも、ゴキブリが現われやすいのは台所や風呂場であり、そういうところでは火気は付き物だからです。ゴキブリの多い所で使えない製品というのは問題があるな、と思いました。おそらく「氷殺ジェット」を飲食店の厨房で使う人もいるはずですが、調理中に使うのはかなり危険なようだ、とその時感じたものです。(その後間もなくの製品回収で、この懸念が正しかったことが証明されました。)
さて、ゴキブリとの直接対決の機会は間もなく訪れました(ちなみにゴキブリの種類はクロゴキブリです)。
1回目の対決では、噴射した途端、あっという間にすき間に逃げられてしまいました。「氷殺ジェット」は目標に直接噴射しなければ効果がありませんので、隠れられたら使えません。
しばらくたってからの2回目の対決ではなんとかしとめることができました。しかし、噴射してもすぐ逃げられてしまうので何度も噴射しなければなりませんでした。450ml缶の半分ぐらいを消費してしまったでしょうか。つまり、ゴキブリの逃げ足の方が早すぎるのです。「使用方法」によると、「50cm以内の噴射約2秒間」とあるのですが、逃げ足の速い相手にそれは無理というものです。また、夏の高温が冷却効果を薄めた可能性もあります。
そして3回目の対決。この時もやはり何度も噴射しなければならなりませんでした。そして別の欠点も判明しました。それは、噴射力が強すぎてゴキブリが吹っ飛んでしまうのです。その場所がつるつるした引っかかりの無い場所であるのも一因なのでしょう。しかし、例えば風呂場というのはだいたいそういう場所なのです。よく考えると、2回目の対決の時も噴射で吹き飛ばされていた場面があったようです。
以上の体験からの私の感想は、「アイディアはいいが、実際は宣伝文句ほどの強力さはない」というものです。まあ、ホントに強力に瞬間冷凍したりしたら使う側の方が危ないので、冷やし加減も難しいのでしょうがね。ただ、十分に実地テストをやったのか少々疑問に思わざるをえないものでした。何度も使えば上手になるのかもしれませんが、それほどゴキブリが多いのならまずはホイホイを設置するのが定石でしょう。
残念ながら現在は店頭から消えてしまったこの製品ですが、問題点を改良して再び登場することを期待しています。改良にあたっては、当然、可燃ガスの問題は解決すべきですが、私が感じた疑問点や難点にも答えを出して改良してほしいものです。