動物の泳ぎ方にはいくつかの種類があります。
まずひとつは、体を横にくねらせる泳ぎ方。これは普通の魚の泳ぎ方を想像してもらえればいいでしょう。尾びれで推進力を得ています。これを「魚類型」と呼びましょう。意外かもしれませんが、爬虫類もこの泳ぎ方をします。ガラパゴスウミイグアナが海中を泳いでいる映像を見ると、胴体と長い尾を左右にくねらせて泳いでいます。また、ヘビもあの長い体を左右にくねらせて泳いでいます。水中生活に特化した爬虫類、例えばガラパゴスウミイグアナやウミヘビ類は、尾が縦に細くなっています。これは泳ぐために適した形です。
次は、体を縦にくねらせる泳ぎ方です。イルカやクジラを想像してみてください。この場合も尾びれで推進力を得ています。これは「イルカ型」と呼びましょう。他にはジュゴンやマナティもこの泳ぎ方です。横ではなく縦にくねらせているのには理由があります。それは、イルカやクジラの祖先が陸上生活をしていたからなのです。陸上で四足歩行をする哺乳類の走り方を思い出してください。背骨は縦に屈伸しながら走るはずです。そんな哺乳類が海に進出した時も、それまでの延長で体を動かしたわけで、それがイルカなどの泳ぎ方に残っているというわけです。
すべての哺乳類がイルカ型というわけでもありません。アシカ類は前脚をはばたかせるように動かして推進力を得ています。これは「はばたき型」と呼びましょう。ペンギンもはばたき型ですね。クジラの中でもザトウクジラは特に大きなひれを持っているため、推進力の多くははばたきによって得られています。この場合はイルカ型とはばたき型の混合といえます。
はばたき型の動物にはエイもいます。マンタ(オニイトマキエイ)はまさに海の中をはばたいています。ただし、エイの中にはひれを波打たせるように動かすものも多くいます。これはちょっと変わった「はばたき型」のバリエーションだと考えていいでしょう。
他には脚を使って泳ぐタイプもいます。例えばカエルがそうですね。また、鳥類ではウやカイツブリも羽は使わずに脚だけで潜水します。これらは「脚型」とでも呼びましょうか。脚の動きはバタ足ではなく、水を後方に蹴るような動きです(カエルは両脚を同時に蹴るが、ウやカイツブリは交互に蹴る)。
最後に、特殊な例としてアザラシを挙げておきましょう。アザラシの推進力は後脚から得られるものですが、その動きはかなり複雑です。「8の字のように動かす」と書かれてる本もありますが、私が映像で見たところでは、左右にくねらせる、あるいはもっと複雑な動かし方をしているように思えます。体を左右にくねらせるというのは哺乳類らしからぬ体の動きです。体の動かし方がはっきりわかる映像がなかなか無いため確認はできないのですが、これまでに挙げたどの泳ぎ方とも違っているようです。
さて、ここで人魚に話が戻ります。
人魚はこれらのうちどの泳ぎ方をしているのでしょうか? 大きな尾びれを持っているので「魚類型」または「イルカ型」であることでしょう。人魚はどうも人間に近い存在のように描かれていますから、哺乳類かもしれません。ならばイルカ型のはずです。しかし、人魚の下半身には鱗があります。ならば人魚は魚類の系統のはずで、魚類型で泳ぐことでしょう。いやいや、上半身の背骨は明らかに人間に近いからイルカのように泳ぐのが自然なはずで…。
架空の生物のことをあれこれ思い悩んでも仕方ないことですが(笑)、人魚の絵を描いたり、映画を作ったりする方々はこの点について真剣に考えた方がいいと思います。
人魚は童話(アンデルセン)や映画でも有名ですが、これらの中ではどのように泳いでいるのでしょうかね? googleの画像検索でサムネールを見た限りでは、魚類型なのかイルカ型なのかあいまいにした絵が多いようです(泳ぐ姿はほとんど描かれていない)。
人魚のモデルはジュゴンであると言われています。ジュゴンが子どもに乳を飲ませている姿が人間のようだから、という話もあります(ジュゴンは人間と同じ哺乳類です)。それに、人魚姫は人間に変身したぐらいですから、私たちのイメージは「人魚=人間に近いもの」と言えそうです。ならば、人魚の泳ぎ方は、哺乳類の「イルカ型」だと考えるのが妥当と思います。
人魚といえば、日本では「人魚のミイラ」なるものが存在したりしています。それらはたいてい魚と何か別のものをつなぎ合わせた偽物であるのですが、この場合は「人魚=魚類の延長」ということになりそうです。魚の尾びれをそのまま使っているわけですから泳ぎ方は当然「魚類型」です。日本の伝承的な人魚と西洋の人魚ではずいぶんと形態に違いが出ています。元々の由来が異なっているのでしょうか。それとも同じ起源を持ちながらどこかでイメージが置き換えられてしまったのでしょうか。この謎については民俗学の方に任せることにしましょう。
このように、架空の生物の話でもモルフォロジーの観点から見ると、面白い分析ができたりします。世の中のUMA(未確認動物)などと言われるものも、モルフォロジーの観点で分析するとその意外な正体がわかるかもしれません。