Vol. 387(2007/11/25)

[今日の事件]シフゾウは危険な外来生物?

[ON THE NEWS]

外来生物法で特定外来生物に指定されているシフゾウを指定から外すよう、日本動物園水族館協会が環境省に申し入れる方針を決めた。シフゾウは絶滅寸前の希少種であり管理は厳重で、簡単には野外に放たれるおそれはない、というのが理由。
(SOURCE:朝日新聞(東京版)2007年11月14日夕刊)

[EXPLANATION]

最近は話題になることも少なくなった外来生物法ですが、久々に新聞に話題が登場しました。シフゾウといえば一度は野生絶滅した希少動物です。手に負えないほど大繁殖したような話は聞いたこともありません。そんな「安全」な動物が特定外来生物に指定されていたとは、私もうっかり見落としていました。


まずはいくつか解説をしていきましょう。

シフゾウとは偶蹄目シカ科に属する動物です。つまりシカの仲間です。
シフゾウは中国のみに生息します。19世紀に野生個体は絶滅し、その後飼育個体の繁殖が続けられ野生復帰できるようになりました。
シフゾウは漢字で「四不像」と書きます。シカのような角、ウマのような顔、ウシのような蹄(ひづめ)、ロバのような尾(または、ロバのような体?)、だがそのどれでもない、ということが名前の由来になっています。ちなみに蹄(ひづめ)を見ればシフゾウが偶蹄目であることはすぐにわかります。よってウマ、ロバの仲間である可能性はすぐに却下できます。また、オスの枝分かれした角を見ればシカの仲間であることも簡単にわかります。ウシ(カモシカ、レイヨウ類も含む)の角は枝分かれしません。「四不像」と呼ぶほどのミステリー性はまったくない動物なので無駄な期待はしないように(笑)。
ちなみに、英語では「Pere David's Deer」と呼ばれます。Davidとはシフゾウをヨーロッパに紹介したフランス人宣教師の名前で、学名の種小名も「davidianus」となっています。欧米目線のなんともつまらない命名ですね。
東京では多摩動物公園で見ることができます。私も見たことがありますが、巨大なシカ、という印象です。体高が1mを超えますので、ニホンジカよりはるかに大きく、トナカイよりも体格がいいことになります。

次に、外来生物法関連について整理します。
「外来生物法(特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律)」は、外来生物が日本の自然環境に入ることで、在来の動物植物や社会的・経済的に影響が出ることを防ぐのが目的です。外来生物の「輸入の禁止」と「駆除」がその手段となります。その対象になる生物が「特定外来生物」です。

「外来生物法」(環境省)

特定外来生物等一覧

シフゾウは上にも書いたように珍しい動物です。ならばIUCNレッドリストにも記載されているはずです。
調べてみると、IUCNレッドリストでは「CR」=「絶滅危惧IA類」にランクされていました。これは「野生絶滅」の一つ下のランクです。野生絶滅の状態から脱したものの、今も絶滅の危機からは逃れ切ってはいないということです。シカ科の動物では、ションブルグジカCervus schomburgkiが「絶滅」で最高ランクで、シフゾウはその次になります。現生のシカ科の中では最高ランクということです。
それほどの希少動物ならばワシントン条約(CITES)にも指定されているはずです。ワシントン条約で簡単に輸出入できない動物に指定されているならば、わざわざ特定外来生物に指定する必要性は低いと言えます。ところが、ワシントン条約の付属書を調べてみると…
あれあれ?リストには載っていません。理由はよくわかりませんが、そもそも個体数が少なく、動物園関係だけでしか流通していないのでワシントン条約の対象にしていない、ということでしょうか。ワシントン条約は国際的な約束事であるため、政治的な理由で中身が決まったりすることもあります。どうやらシフゾウもそうだったようです。

やはりここは特定外来生物に指定された経緯を確認しておく必要がありそうです。
特定外来生物の指定の経緯は次の資料で確認できます。

特定外来生物の選定(専門家会合資料・議事録等)

シフゾウに関しては次の資料で取り上げられています。

第4回 特定外来生物等分類群専門家グループ会合(哺乳類・鳥類)議事録

この中でシフゾウは、環境省・自然ふれあい推進室長が事務局(つまり環境省)の報告を説明している中で登場します。その箇所を引用します。

「シカ亜科の中に何が含まれるかということですけれども、アクシス属が4種、それからシカ属が10種、ダマ属が2種、シフゾウ属1種、この合計17種をシカ亜科ということでとらえております。この中の幾つかの種同士で交雑の報告があります。そのために、これらはすべて遺伝的に近縁であるというふうにみなせるということでありまして、その遺伝的な交雑の問題と、もう一つはニホンジカと生態的に共通点が多いものですから、仮に日本に入ってきて定着した場合に植生を改変するというようなそういった影響が懸念されると。その2つの理由でシカ亜科に属する種をニホンジカの中の在来亜種を除き指定するということなんですけれども、少し複雑ですけれども、日本の在来のシカ以外のシカ亜科に属するものを特定外来生物として一括して指定してはどうかということでございます。」

簡単に言うと、「シカ亜科は交雑の可能性があるから全部まとめて一括処理」ということです。まあ、まとめて扱った方が面倒は少ないかもしれませんが、いかにもお役所的な感じもしますね。
同じ議事録には
「最近ではその輸入というのは非常に減っておりまして、1991年以降は外国産のシカの輸入はないということで、養鹿業界としても輸入はないだろうというふうに考えられております。」
ともあり、実害の拡大は考えにくそうです。環境省はもしもの時のために網を大きくしたかったのかもしれませんが、うがった見方をすれば反対する人・業界はほとんどいないから可能だったとも言えそうです。

これに疑問を呈したのが日本動物園水族館協会です。この協会は文字通り日本全国の動物園と水族館が参加している社団法人です。
シカ類が交雑の可能性があるのは了解できるのですが、それにシフゾウまで入れてしまうのには異議がある、ということです。シフゾウは上で説明したように個体数が少なく、動物園関係以外での流通は考えられません。シフゾウが野外に逃げだすとしたら、それは動物園から逃げるということです。これではまるで動物園の管理が悪い印象を世間に与えてしまいかねない、と協会は懸念しているようです。現実には動物園から動物が脱走することなどほとんどありませんし、万が一シフゾウが逃げ出したのなら全力で追跡・捕獲することでしょう。
ちなみに、特定外来生物に指定されていても「学術研究、展示、教育、生業の維持等の目的」のためなら輸入は可能です。ですから協会は「輸入できないから反対」しているのではありません。


予防に念を入れたい環境省、対して「余計なお世話」と反発する動物園。さて、あなたはどちらを支持しますか?
現実的にはシフゾウが日本の野外に逃げ出す可能性は非常に低いものです。ならば特定外来生物の指定は外してもかまわないのではないか、と私は思います。


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