「プランクトン」という言葉は皆さんも聞いたことがあるでしょう。プランクトンを何か特定の生物名だと思っている方は少なくないようですが、これはある種の生物の総称です。
詳細は「Vol. 85(2001/4/22) [今日のいきもの]プランクトンという名前の生物はいない?!」で書いていますので、まずはそちらで復習してください。
プランクトンという言葉といっしょに使われるものに「ネクトン」「ベントス」というものもあります。これらはいずれも水中生物についての言葉です。これらを簡単に説明しますと、
ネクトン…遊泳力があり、自由に水中を移動できる動物。クジラ、イルカ、一般的な魚類など。遊泳生物。
プランクトン…遊泳力が無いか乏しく、水中を浮遊する生物。カニやエビの幼生、クラゲなど。浮遊生物。
ベントス…カニやエビのように水底で活動する生物。底生生物。
ということになります。
生物を分類ではなく、生活形態で区分けした用語です。
ここからが今回の話の本題です。
ネクトン・プランクトン・ベントスは水中生物の言葉ですが、これを陸上生物に当てはめてみたらどうなるのだろう、と私は考えたのです。
陸上のネクトンは、大空を自由に飛び回る動物のことになります。鳥がその代表です。他にはコウモリもそうです。そして、多くの昆虫も自由に空を飛びますのでこの仲間になります。
私たち人間は陸上ベントスです。地面から離れて生きることはできません。人間はカニやエビと同じというわけですが、がっかりすることではありません。ほとんどの哺乳類、ほぼすべての爬虫類・両生類は人間同様の陸上ベントスです。鳥ならダチョウやニワトリもそうです。陸上ベントスの仲間はとてもたくさんいるのですからひがむ必要なんかありません。
では、陸上プランクトンとはどのような生物でしょうか。風まかせに飛んでいく生物というと…例えば、タンポポの種子がそれにあたるのではないでしょうか。ふわふわと風に流されていく姿はまさにプランクトンです。また、ある種のクモは糸を長く伸ばして、風に乗って飛んでいくそうです。とても小さなアザミウマタマゴバチのような昆虫も自力飛行力が強いとは思えませんので陸上プランクトンに入れてもいいでしょう。時々大発生するアブラムシ類(例えば「雪虫」のようなもの)は自力飛行力があるような無いような、難しいポジションです。アブラムシ類は飛行力は弱いものの、目標となる植物にしっかりと取りつきますので、ああ見えてもネクトンなのかもしれません。
どうも陸上世界ではプランクトンにあたる生物はあまり存在しないようです。水中世界ではプランクトンは珍しい存在ではありませんが、陸上では簡単に落下してしまうので浮遊生活はなかなか難しいうことなのでしょうか。
さらによく考えてみると、陸上にはネクトン・プランクトン・ベントスのいずれもに含まれない生物がいることに気付きます。
例えば、モモンガやムササビはどうでしょう。これらは空を飛ぶことができます。しかし、それは自力飛行というよりも「滑空」です。飛行距離も飛行場所も限定されます。どこにでも自由に飛んでいけるわけではありません。ですからこれらを陸上ネクトンはと呼ぶのはちょっと違うと思うのです。かといってプランクトンでもベントスでもありません。このような動物は他にもいろいろといて、哺乳類ではヒヨケザル、爬虫類ではトビトカゲやトビヘビ、両生類ではトビガエルがいます。これらはいずれも滑空飛行をする動物です。
さらには、樹上生活をするサルにも枝から枝へジャンプする種類がいます。ジャンプできなくてもほとんど地面に降りることのないサルの仲間は「ベントス」とは呼べないでしょう。樹上生活する動物にはリスの仲間もいます(モモンガ、ムササビもリスの仲間)。
滑空飛行する動物、樹上生活する動物、これらはまとめて「樹上動物」と呼ぶことにしましょう。
水中では重力の影響は少ないため、浮遊することは簡単で、とても多くの種類のプランクトンが存在します。しかし陸上では浮遊生活は難しく、かなり軽量な生物でなければ無理です。その代わりにいるのが樹上動物と考えることができそうです。樹上動物というのは陸上独特の生物と言えます。
生物学においては樹上の生態系というのはまだ十分に研究されていない分野です。樹上はなかなか人間の目が届きにくい場所であるからです。樹上には独特の動物がいることから、地面とはまた違った世界があることは明らかです。また、樹上には川・池のような大きな水源がありません。生命に水は欠かせないものですが、樹上動物たちはどうやって水を入手しているのでしょうか。私たちは樹上世界をまだまだ理解しているとは言えないようです。そこには未知のフロンティアが広がっているのです。
最後に、せっかくですから、樹上動物にも何かいい横文字名を考えてみましょう。
「plankton」はギリシャ語の「放浪者」という意味です。これは「planet=惑星」と同じ語源なのだそうです(「さまよう」という意味が共通している)。「benthos」はギリシャ語の「海底」という意味です。「nekton」の語源はわかりませんでした。
ギリシャ語を調べてみると、「樹木」は「dendron」(デンドロン)、「森」は「hyle」(ヒューレ)というのだそうですが、う〜ん、いまいちピンとこないですねえ。
では、ラテン語を調べてみましょう。ラテン語の「森」を意味する言葉は「saltus」(サルトゥス)または「silva」(シルヴァ)があります。「saltus」には「山道、山地、渓谷」という意味もあるので「森林」そのもののイメージとはややずれるような気もします。しかし、「saltus」には「ジャンプ、跳躍」という意味もあります(辞書では別項目になっているので、語源はおそらく別)。これはモモンガのような動物を連想させるものがあります。もうひとつの「silva」には派生語として「silvicola」(シルヴィコラ)=「森に住む人」というものがあります。これもまたイメージに近い言葉です。
ということで、「樹上動物」を表す言葉として、「saltus」(サルトゥス)と「silvicola」(シルヴィコラ)の2つを候補(あるいは語源候補)にしたいと思います。