Vol. 404(2008/4/20)

[今日の勉強]海と決別した動物たち

昆虫は世界中どこでも見ることができる生物です。その種類数は全生物の大半を占め、実際の生息個体数も非常に多い生物です。地球上の真の支配者は昆虫である、と言われるのも当然の存在です。
そんな昆虫でも生息できない場所があります。それは、海です。これだけ数多くの昆虫がいながら、海に生息するものはいません。正確に言うと、ごく一部の昆虫は海で生活しています。例えば、NHKテレビ「ダーウィンが来た!」(2007年10月)でも紹介されたウミトゲアリというアリはマングローブ林で生活しています。マングローブ林は満潮時には水没してしまいますが、ウミトゲアリは巣の中で潮が引くのを待ちます。ウミトゲアリは海岸に生息していますが、魚のように海水に適応しているとはいえません。他のアリと同様に先祖は陸上で生活するアリだったはずです。他にも海・海岸に生息する昆虫はいますが、いずれも同様にもとは陸上で生活する昆虫です。

陸上をほぼ完全に手中に収めた昆虫が、海にだけは進出できていない。これはどういうことを意味するのでしょうか。
これは、昆虫の祖先は、海で生活していたのではなく、陸上で生活していたのだと考えられます。つまり、陸上で生活していたある種の生物から進化してきたのが昆虫ということです。さらに言うと、昆虫の祖先は淡水で生活していたと考えられます。淡水で生活していた節足動物が上陸し、進化した結果のひとつが昆虫なのです。
そのなごりは、例えばトンボに見られます。トンボは昆虫の歴史の中でも初期に登場した、原始的な特徴を残した昆虫であり、トンボの幼虫(ヤゴ)は水中で生活します。ヤゴはエラ呼吸しており、完全に水中生活に適応しています。
カの幼虫(ボウフラ)やある種のハエの幼虫も水中生活をしますが、これらは空気を呼吸しており、エラ呼吸ではありません。これらは原始的な昆虫ではなく、新しい昆虫だとされています。
淡水にすんでいた祖先の、さらに祖先はどこから来たのかというと、これは間違いなく海なのです。最初に生物が地球上に誕生した場所は海です。あらゆる生物の先祖は海で誕生したのです。

以上のことを、時系列順にたどってみましょう。
最初の生物は海で誕生しました。
その中から、淡水で生活する動物が現われます(この時、淡水に対応するために体の仕組みを大きく変えなければなりませんでした。そのため、淡水生活から海水生活に戻ることは難しくなります)。
淡水で生活する動物の中から、次は陸上で生活する種類が現れます。最も初期に上陸した動物の中には節足動物類も含まれていました。その節足動物の中から、「昆虫」と呼ばれるグループが誕生しました。昆虫の誕生は4億年ほど前と言われ、これは脊椎動物が上陸するよりも前のことです。
昆虫はやがて陸上全体に分布を広げ、一部は水中生活に適応するものも現れました(ゲンゴロウやタガメなど)。しかし、昆虫は海水に適応することはできず、海に進出することはできませんでした。
これが昆虫進化のおおざっぱなストーリーです。昆虫は、その誕生から現在までほとんど海とかかわることなく進化してきました。つまり、昆虫は海と完全に決別した生物だと言えます。

海と決別した生物は昆虫だけではありません。人間も海中では生きていけません。よく考えてみると、これはほとんどの哺乳類でも同じことですし、爬虫類や両生類も鳥類もそうです。哺乳類、爬虫類、鳥類の祖先は両生類なので、これらは同じ進化のグループに含まれる生物です。両生類は水中生活にも陸上生活にも適応した動物ですが、淡水のみに生息し、海水には生息していないことから、もともと淡水で生活していたと考えられます。
ところで、両生類の先祖は魚類です。ということは、両生類の直接の先祖は淡水魚だったと推理できます。最初の両生類、あるいは両生類へと進化していった魚類は、海岸から陸地に上がっていったのではなく、川や沼や湖の岸から上陸をしたのでしょう。その当時の陸上は、既に昆虫をはじめとする節足動物あるいはその他の無脊椎動物がすでに幅をきかせていたはずです。まあ、それぐらい大昔から地上は昆虫の支配する世界だったわけです…。
いずれにせよ、哺乳類も爬虫類も両生類も鳥類も、昆虫同様に「海と決別した」動物と言ってさしつかえありません。

哺乳類が昆虫と違ったのは、再び海に帰るものが現れたことです。それは例えばクジラ・イルカやアシカ・アザラシです。これらは海中生活に完全に適応した哺乳類です。これらの先祖は他の哺乳類同様に陸上生活をしていたことが化石研究などからわかっています。
魚類の一部は何億年も前に海から決別し淡水魚に進化しました。その中から両生類、爬虫類、そして哺乳類が進化してきます。そして、哺乳類の中から再び海に戻るものが現れました(鳥でいえばペンギンが最も海水生活に適応しています)。
一度捨て去った海に、何億年もの時を経て再び戻っていく。
たった数千年の人間の歴史よりもはるかに遠大な歴史、それが生物の歴史なのです。


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