Vol. 423(2008/9/7)

[今日の事件]毒ヘビ無許可飼育事件

[ON THE NEWS]

警視庁は無許可でヘビを飼育していたとして動物愛護法違反(特定動物の無許可飼養)の疑いで男性を逮捕した。
7月15日、容疑者は自宅で飼育していたトウブグリーンマンバに指をかまれ、一時意識不明になった。119番通報からの転送で原宿署が違法飼育を知り、退院後の8月27日に逮捕した。
飼育されていたのは毒ヘビ51頭。日本蛇族学術研究所に引き取られた。
(SOURCE:朝日新聞(東京版)2008年8月27日夕刊)


この毒ヘビを大量に飼育していた事件、「そんな危ない動物を飼うなんてけしからん!」と思った方は多いことでしょう。しかし、ちょっと待ってください。新聞その他の報道によると、逮捕の理由は「無許可で飼育していたから」です。では、許可があれば飼ってもいいのでしょうか?
答えはYESです。

「動物の愛護及び管理に関する法律」(動物愛護法)第26条によると、「人の生命、身体又は財産に害を加えるおそれがある動物として政令で定める動物」を「特定動物」と定義しています。簡単に言えば「危険な動物」ということです。同条ではさらに、特定動物を飼育するには都道府県知事の許可が必要であると書かれています。
つまり、知事の許可があれば飼育してもいいのです。ひょっとしたらあなたの隣人もヘビ・マニアかもしれません。

「特定動物」の具体的な種名は「動物の愛護及び管理に関する法律施行令」の別表に書かれています。ヘビは「とかげ目」の項目に含まれます(ヘビはトカゲと同じ分類なのです。「有鱗目」とも呼ばれます)。書きだしてみますと…

・ボア科 ボアコンストリクター アナコンダ アメジストニシキヘビ インドニシキヘビ アミメニシキヘビ アフリカニシキヘビ
・なみへび科 ブームスラング属全種 アフリカツルヘビ属全種 ヤマカガシ属全種 タチメニス属全種
・コブラ科 コブラ科全種
・くさりへび科 くさりへび科全種

となっています。大型ヘビまたは毒が強いヘビが指定されています。
別表にはヘビ以外の動物も載っています。それによれば、ライオンを飼ってもいいし、ゾウでもキリンでもワニでもOKなのです。
ただし、外来生物法やワシントン条約(国内法は「種の保存法」)に該当するものは除外されますので、どんな動物でも無制限に飼育できるわけではありません。

さらに、動物愛護法第27条では、特定動物の飼育施設には基準があり、その基準に適合していない場合は知事の許可は出ないことになっています。
飼育施設の具体的な基準は、各自治体の条例で具体的に定められています。事件のあった東京都の場合は「東京都動物の愛護及び管理に関する条例施行規則」の「別表第1 施設の基準」で定められています。他の自治体でも同様の条例があるはずです。
その基準の「かめ目、とかげ目(おおとかげ科を除く。)」がヘビに該当する項目です。その内容は次の通りです。

●形態
織金網おり、ふた付きガラス水槽、ふた付き硬質合成樹脂製水槽(へび類について
は、体長3m未満のものに限る。)、ふた付きコンクリート水槽又は鉄板若しくは木板製の箱

●規格等
1 織金網おりにあっては、直径1.5mm以上、網目10mm以下のものを使用すること。
2 ガラス水槽にあっては、強化ガラス製であること。
3 硬質合成樹脂製水槽にあっては、厚さ6mm以上であること。
4 コンクリート水槽にあっては、厚さ20mm以上であること。
5 箱には、厚さ2mm以上の鉄板又は厚さ25mm以上の木板を使用すること。箱の正面は、強化ガラス板、又は厚さ6mm以上の硬質合成樹脂製板(へび類については、体長3m未満のものに限る。)に代えることができる。
6 排水孔、通気孔等を設ける場合には、動物が脱出しないよう金網等でおおいを付けること。

●二重戸
必要
金網、木板、鉄板等を使用し、動物の脱出を防止するために十分な強度及び耐久性を持たせること。

●錠
内戸及び外戸の錠は、それぞれ1箇所以上の施錠ができること。

●隔離設備
金網、通気孔等の施設の開口部から動物に触れられないように金網等でおおうこと。

●その他
抗毒血清を用意すること(毒へびに限る。)。

かなり強固なものを要求していることがわかるでしょう。材質だけでなく、二重戸、施錠、血清など高度の安全性を求めています。
今回の事件を報道するテレビニュースでは、容疑者の自宅の様子も映し出されていましたが、ヘビを飼育していたのは、昆虫を飼育するようなプラスチック製ケースであり、それを積み上げている状態でした。ニュース内では専門家が「地震の時は危ない」と言っていましたが、それよりも基準に全然満たないものであることを強調すべきだったと思います(編集の過程でカットされた可能性がありそうですが)。
ヘビはああ見えても怪力で、ケースのふたをこじ開けて自主的に脱走するおそれがあります。爬虫類マニアならばその程度の知識はあるべきなのですが、容疑者は半端なマニアだったのでしょうか。


この事件の報道では、記事見出しで「コブラにかまれ…」という表現があちこちで見られました。しかし、実際にかんだヘビの名前は「トウブグリーンマンバ」です。なんだか混乱する書き方です。記事を読めば「コブラ科トウブグリーンマンバ」とありますので、トウブグリーンマンバはコブラの仲間であることがわかります。
ですが、これは「タヌキ」を「イヌ」と言うのと同じことです(タヌキはイヌ科)。間違いとも言い切れませんが、正確さに欠ける表現です。

さて、そのトウブグリーンマンバですが、別名ヒガシグリーンマンバとも呼ばれる毒ヘビです。コブラ科のヘビはほとんど(ほぼすべてか?)が毒を持っています。海に生息するウミヘビ類もコブラ科です。
トウブグリーンマンバの毒は強い方で、報道でも専門家が「死ななかったのは奇跡」と指摘しているほどです。ちなみに近縁の「ブラックマンバ」というヘビは最も危険なヘビのひとつとされるほどです。


そんな毒ヘビをペットにするなんて信じられない、いや、毒が無くてもヘビがペットだなんて!という方はとてもとても多いことでしょう。
まあ、毒ヘビについてはより慎重になるべきですが、無毒ヘビの場合はペットにすることも不可能ではありません。いや、むしろヘビは爬虫類の中では飼いやすい方と言っていいでしょう。

動物飼育で一番の問題は「食べ物」です。イヌやネコは、過去の蓄積も多く、市場規模も大きいため、ドッグフード・キャットフードがスーパーやコンビニでも買えるほどです。こういったポピュラーな動物では食べ物に困るということはまずありません。
しかし、特殊な動物の場合は食べ物の調達が最大の問題になります。飼育例が少ない場合は、何を食べさせればよいかの研究から始めなければならないこともあります。
植物食の場合、ある特定のものしか食べないこともあります。雑食も「何でも食べる」という意味ではなく、好みの範囲が限定されていることもあります。

ヘビの場合、食べ物の種類について悩むことはまったくありません。ヘビは生きている動物しか食べないからです。なおかつ、口に入る大きさでなければなりません。ヘビは食べ物を丸飲みするからです。
具体的な例をあげますと、小型のヘビの場合は昆虫を食べさせます。それよりも大きいヘビならマウス(ハツカネズミ)、もっと大きなヘビならラット(クマネズミなど)、といった具合に自動的に決まります。これらは繁殖しやすく、流通もしているので入手しやすいからです。
本格的になると、自分でマウスなどを飼って繁殖させることすらあるそうです。いちいち爬虫類専門店にエサを買いに行くのも大変だからです。ただこの場合、ヘビを飼っているのか、ネズミを飼っているのか、わけがわからなくなることもあるといいます(笑)。

無毒ヘビの場合はあまり問題になりませんが、毒ヘビに食べ物を与えるのはやはり危険を伴います。ヘビが攻撃してくる可能性だけでなく、エサのネズミがちょろちょろ動いていたりすると、なにかとトラブルが発生しがちになるものです。
動物園の場合は、死んだばかりのネズミを食べることができるように慣らしている、という話を聞いたことがあります。これは効率と安全性の両方でうまいやり方と言えます。


ヘビは飼いやすい、と書きましたが、私はヘビの飼育を推奨しているのではありません。ヘビあるいは爬虫類やその他の珍しい動物を飼うことは慎重に考えてほしいのです。何の予習も無しに飼育できるような動物ばかりではありません。多くは飼育方法(食べ物だけでなく、温度湿度管理その他の飼育環境も含む)が確立していませんので素人が簡単に飼えるようなものではないのです。お店で衝動買いするようなものではありません。
珍しい動物を飼うならば、その動物について調べ上げたり、最適な飼育環境を追求する研究心や忍耐力が必要だと私は思います。そんなこと面倒だ、と思うような人には飼育の資格はありません。法律がどうのこうのと言う前に、心構えこそが問われるのです。その心構えが不十分だったのが今回の事件の容疑者なのです。


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