2008年9月20日の新聞各紙などで、東京都荒川区の「エサやり禁止条例案」が取り上げられました。
最初に、この条例案について分析してみましょう。
この条例案は「(仮称)荒川区良好な生活環境の確保に関する条例」という名前が付けられています。9月21日〜10月14日の期間中、パブリックコメントが受け付けられています。そこに条例案の内容がPDFファイルで掲載されています。
この条例案ではいわゆる「ゴミ屋敷」についての部分もありますが、ここではエサやりの箇所だけを見ていきましょう。
・「えさやり」の定義は所有・占有していない動物にエサを与えること、とされています。
・「えさやりの不良状態」の例として、「鳴き声(あるいは音)」「ふん尿の放置」「毛、羽毛」「動物の威嚇行為」といったものが挙げられています。
・ただし、「えさやりの不良状態」は複数住民からの苦情がある場合に対象になります。
・「えさやりの不良状態」が発生した場合、区長は勧告をすることができます。
・それに従わない場合は、「(仮称)荒川区生活環境審査会」の意見を聴き、措置を命令することができます。
・この命令に違反した場合、5万円以下の罰金になります。
以上が条例案の概要です。
新聞などの報道を読むと、「エサやりしたら即罰金」のように思えてしまいますが、条例案を読む限りでは、罰金までにはいくつもの手続きが必要で、「いきなり罰金」のようなことにはならないようです。ただ、その手続きが形骸化したものになる可能性もありますが…。
この条例案を読んで、まず最初に指摘しなければならない欠陥は、「動物」の定義をしていないことです。「動物は動物、定義なんかするまでもない」とおっしゃる方は不勉強です。
法的には動物は大きく「野生動物」と「飼育動物(愛護動物)」に分けられます。野生動物を扱う法律は「鳥獣保護法」、飼育動物を扱う法律は「動物愛護法」です。野生動物と飼育動物は扱いがそもそも異なるのです。
(「動物愛護法」では飼育されている動物を「愛護動物」と呼んでいますが、これは誤解を与えそうな名称なので(野生動物は愛護しなくていいように思われてしまう)、以下も「飼育動物」とします。)
野生動物に対しては、人間は介入を避けるのが原則です。一方、飼育動物については人間が責任を持って飼育するのが原則です。
例えば、カラスへのエサやりは禁止してもいいことです。法律上では特に禁じられている行為ではありませんが、野生動物に介入するのは勧められないからです。特にカラスの場合、エサやりの結果、人間に近づきすぎるようになり、人間が威圧感を感じることもあります。また、ゴミ袋荒らしが頻発するかもしれません。そういったことを予防するためにも、エサやりはしない方がいいのです。野生動物であるカラスは人間がエサを与えなくても生きていけますから、エサを与える必要もありません。
(だからといって、カラスへのエサやりに罰金を科すのが順当なのかは議論の余地があります。)
私の研究の対象であるタヌキの場合も同様です。タヌキは野生の中で堂々と生きている動物であり、エサを与える必要などまったくないのです。
では野良猫はどうでしょう。誰の飼育下にもない野良猫は野生動物のように見えますが、実際にはすべて飼育動物として扱われます。その理由は、ネコは基本的に人間の生活圏に依存して生活していること、野良猫のように見えても実際には飼い主がいる場合があり、飼い主がいるかどうかの区別が困難だからです。
このように、ネコと野生動物はきちんと区別をつけて考えるべきことなのです。
また、この条例案では「ゴミ屋敷」問題もいっしょに片づけようとしていますが、これもエサやり問題とは切り離して考えたいものです。話がごちゃごちゃになって、まとまるものもまとまらなくなるのではないでしょうか。
さて、以下ではネコへのエサやりにしぼって考えていきましょう。
この条例案についての私の率直な感想は、「問題をさらにこじらせるつもりなのか?」というものです。
ネコにエサやりをする人を犯罪者に仕立て上げれば問題が解決するのでしょうか?
ネコにエサやりをする人を排除するつもりなのでしょうか?
しかも、荒川区は「荒川区猫の屋外での活動の適正管理等に係る地域活動の支援制度」なるものを発足させたばかり(2008年8月)なのです。これは不妊去勢手術の費用助成など、野良猫問題に取り組むものです。
荒川区はネコのエサやりの人と協力したいのですか? 排除したいのですか? 矛盾する動きが同時に進行するというのは不可解なことです。これは「役人に従えば見逃してやるが、従わないなら犯罪者にするぞ」という脅迫なのでしょうか?
申し訳ありませんが、この条例案を作った人は、ネコのエサやりの現場をどれほどご存知なのでしょうか。「地域ネコ」という言葉を知らないのでしょうか。知っていたとしてもそれは紙の上、ネットの上のことではないのでしょうか。
野良猫のことを一番よく知っているのは、現場にいるエサやりの人々です。この問題を解決したいならば、彼らの知識と知恵は必須のものです。行政は彼らを敵に回すのではなく、協力関係を構築すべきなのです。そもそもエサやりは犯罪と言えるような行為でしょうか?
行政の担当者は(あるいは議会関係者も)、まずは現場の人の取り組みを視察し(1週間ぐらいずっとつきあってみてください)、意見を聞いてください。もちろん、エサやりを快く思っていない方々の意見も聞いてください。その上で判断をしてほしいのですが、ここで大切なのは「誰かを一方的に悪者にしてはいけない」ということです。誰かを排除したところでその人が区外に去るわけではありません。住民としてそこに住み続けるでしょう。それならば排除ではない別の方法を最初から考えるべきです。
何か問題があるのならそれを明確にし、それを解決するための理屈と手順をきちんと提示する。それが行政(および議会)の役割ではないでしょうか。
行政(および議会)は、他の自治体の取り組みをよく研究してほしいものです。野良猫問題は行政が積極的に協力した方がうまく解決できると私は考えます。例えば東京都千代田区がその好例です。千代田区では行政と住民そして動物病院との協力体制がしっかりできています。
野良猫対策のメインとなるものは去勢不妊手術です。それならば手術費用を助成すれば問題解決かというとそれだけではありません。行政・住民・動物病院がそれぞれの役割を分担し、お互いの協力関係を築きあげてこそ成果を確実にするのです。
千代田区の活動の詳細については、とにかく現場をご覧になってほしいものです。どこかのテレビドラマではありませんが、「解決方法は現場にある!」のです。会議室や役所の机の上や議会場にはないのです。
今回の荒川区の場合、残念ながら関係者の合意を構築することはもはや不可能でしょう。エサやり派が容認できる内容ではないからです。行政側は「いきなり罰金になるのではない」と言い訳することでしょうが、マスコミがそれを端折って報道してしまったために、誤解されたまま世間一般に情報が広まってしまいました。これはエサやり派を一方的に不利な立場に追いやることになってしまいました。この状態ではエサやり派の協力を得ることは困難です。
行政側は、今回の条例案はすみやかに取り下げるべきです。そして、関係者や外部の専門家を集めた会合を重ね、もう一度合意点を模索していくべきでしょう。
さて、ネコのエサやりの方々にも私から注文があります。
私はこういうホームページを持っているので、当然ネコも好きです。ネコにエサを与える方々の心情も理解しているつもりです。
しかし、私はネコのエサやりを何でも容認しているのではありません。マナーの悪いエサやりを弁護することはできないのです。住宅密集地の都会では近所迷惑にならないような方法を考えねばなりません。また、ネコの過剰状態の防止、健康管理なども必要と考えています。
そこで私は、エサやりをするならば以下の4点を達成してほしいと考えています。(「地域ネコ」の定義にはいろいろあるでしょうが、私はこの4点が絶対必要と考えています。)
・個体識別ができている
・避妊去勢手術をしている
・エサを与える時はそばで見守る
・食べ残しやトレイなどの後片づけをする
これらができていれば管理は十分と考えていいでしょう。ネコが嫌いな人でも、ここまで管理できているのなら容認できるのではないでしょうか。
エサやりをする人は「ネコが嫌いな人もいる」ということは常に念頭に置かなければなりません。迷惑が最小限になるように努力してください。
その一方で、エサやりをする人は協力者を増やすことを心がけてほしいと思います。1人では金銭的にも労力的にも負担は大きなものです。グループで活動した方がネコの状態の把握もしやすく、活動の確実性も継続性も強まります。また、行政への圧力も多数の方がやりやすくなります。