今年も新聞などで報道されている通り、新型インフルエンザの発生・大流行が懸念されています。このところ毎年のように「危ない危ない」と報道されるのに、発生することもなく終わっているため、「ホントに発生するのか?」と思う方が多いでしょう。しかし、発生・大流行の可能性は低くなく、また大流行した場合の社会へのインパクトを考えると入念な対策が必要です。
ところで、「新型インフルエンザ」とは別に「鳥インフルエンザ」という言葉もよく報道で目にします。どちらも同じものと思っている方がいるかもしれませんが、これらは別物と考えるべきものです。
「鳥インフルエンザ」は鳥類に感染するインフルエンザです。人間に感染する例はまれす。しかし、それでも東南アジアでは毎年のように死者が出ていることからわかるように、絶対に感染しないわけではありません。なお、人間から人間に感染することはありません。
「新型インフルエンザ」は鳥インフルエンザウイルスが変異して、人間から人間に感染することができるようになったものです。そのため、新型インフルエンザは大流行につながる可能性があります。
「鳥インフルエンザ」の段階ならばまだ心配することはあまりないのですが(だからといって放置するわけにはいかないので重要です)、「新型インフルエンザ」は社会への影響が非常に大きくなることが予想されます。
ただ、鳥インフルエンザが発生すると養鶏場が封鎖されたり、ニワトリが殺処分されたり、といったショッキングな報道がいっせいに始まるため、「外出しない方がいいのか」「野鳥に近づいてはいけないのか」といった近隣地域の不安が高まってしまいます。鳥インフルエンザは普通は人間には感染しないので、日常生活には実質的には影響はありません。ただし、各種の措置はさらに鳥類に感染が拡大するのを防ぐためのものなのです。
「いきもの通信」は動物を扱っているホームページですので、ここからは鳥インフルエンザについての話を続けましょう。
鳥インフルエンザは人間への影響は少ないためにどちらかといえば専門家の領域と見られがちですが、もう少し詳しいことを知っておきたいという方もいることでしょう。その参考になる文書を環境省が公表しています。
「野鳥における高病原性鳥インフルエンザに係る都道府県鳥獣行政担当部局等の対応技術マニュアル」
平成20年9月29日
環境省自然環境局野生生物課鳥獣保護業務室
タイトルの通り、これは都道府県の担当部局向けのマニュアルです。調査の方法から報道への対応など一通りのことがマニュアル化されています。また、資料や過去の事例の分析なども含まれており、鳥インフルエンザ全般を知るためのテキストにもなっています。
全体は「野鳥のサーベイランスについて(調査編)」「高病原性鳥インフルエンザが発生したら(対応編)」「高病原性鳥インフルエンザと野鳥について(情報編)」の3部から成っています。
「野鳥のサーベイランスについて(調査編)」は、野鳥の調査方法についてのマニュアルです。野鳥調査は大きく分けると「生息状況調査」と「ウイルス保有調査」の2つがあります。「生息状況調査」は発生時の調査だけでなく、日常的な調査も求めています。平時の状況も把握しなければ、「異常」を判断することができないからです。もうひとつの「ウイルス保有調査」は、死亡野鳥調査、糞便採取調査、野鳥捕獲調査(生きている鳥を調査する)の3つがあります。
準備する機材や消毒方法、具体的な調査のやり方までかなり細かく書かれているので、行政担当者にはありがたい内容です。しかし、場合によってはかなり大がかりになるため、行政単独では実行は難しいことがあると思われます。このマニュアルでも地元の野鳥や自然に詳しい人の協力を得ることが望ましいと書かれています。
「高病原性鳥インフルエンザが発生したら(対応編)」では、上記調査でA型インフルエンザウイルス陽性が確認された場合の対処方法についてを解説しています。公表(記者発表)の仕方、各種の届け出、調査、住民対応、鳥の収容などが書かれています。マスコミ取材に対する注意事項について書かれているのも興味深いことです。これは、人間や自動車によって感染が拡大するおそれがあるからです。むやみに現場に接近させては鳥インフルエンザの封じ込めもできません。また、取材者のために駐車スペースや取材スペースを確保すること、とも書かれてあります。これは過去の経験による知恵なのでしょう。
「高病原性鳥インフルエンザと野鳥について(情報編)」は、鳥インフルエンザに関する基礎知識や渡り鳥についての解説、過去の事例・海外の事例の紹介などが含まれます。一般の方はまずここから読むといいのではないでしょうか。
この後に続く「参考資料」にはインターネット上の情報源が多数紹介されており、これも参考になるでしょう。
鳥インフルエンザは新型インフルエンザよりも社会への影響は小さいのですが、いざ発生するとちょっとしたパニックにもなりかねません。特に、報道のやり方次第でパニックは拡大も鎮静もするため、報道関係者は気をつけてほしいものです。発生してからあわてないためには、やはり予習が必要です。報道関係者はこの環境省マニュアルをまず読んでおいてほしいものです。そして、事前に専門家への取材・聞き取りをして細部の疑問を解決しておきましょう。そこまで準備すれば、いざ鳥インフルエンザが発生した時でも冷静な報道ができるでしょう。
これは一般の方にも同様で、心配性の方はぜひマニュアルを読んでみてください。そんなことは面倒だと思われる方も、このような文書が存在することを記憶にとどめておけば、鳥インフルエンザ発生時にアクセスして適切な情報を得ることができるでしょう。一番危険なのは根拠の無い噂に振り回されることです。正しい対処法の所在を知っているだけでも役に立つはずです。