戦国時代を舞台にしたテレビドラマや映画では合戦シーンが見所になります。騎馬武者が駆け、刀や槍で斬りあう、これはおなじみの場面です。
しかしそんな興奮の場面も動物学的に見ると正しくないということをご存知でしたか? つまりこういうことです。
テレビや映画では、武将たちが乗るウマはサラブレッドが使用されますが、戦国時代にはサラブレッドは使用されていませんでした。なぜかというと、当時はサラブレッドは存在していなかったからです。サラブレッドは、18世紀にイギリスでアラブ種などを起源として品種改良されたウマです。ですから16世紀の戦国時代に存在したはずがありません。
「ウマならなんでもいいじゃない」と考える方がいるでしょうが、「サラブレッドは大きすぎる」ために当時の正確な再現にはなりません。
戦国時代に使われていたウマは日本に古来からいる「在来馬」でした。現在でいえば木曽馬が近いと思われますが、その肩までの高さは130cm前後です。サラブレッドは160〜170cmですので、ずいぶん差があることがわかります。当時の日本にはそんな巨大なウマは存在したはずがないのです。
もし、重い鎧兜(よろいかぶと)を着込んだ戦国武将がサラブレッドに騎乗しようとすると、鞍にまたがるのにかなり苦労するでしょう。そして、騎乗時は非常に高い位置になるために、歩兵と斬りあうのはやっかいになるに違いありません。
また、サラブレッドは戦闘向きのウマではありません。サラブレッドは競馬のために改良されてきた品種です。重い荷物を乗せるためのウマではありません。これは競馬の騎手が小柄で軽量であることが求められることからもわかります。在来馬は農耕にも使用されていたため、サラブレッドよりも脚はがっしりしていたはずです。サラブレッドのすらりとした姿は、小柄でがっちり型の在来馬とはかなり異なるものです。
そして、サラブレッドは比較的短時間のみ全力で走るウマです。鎧兜だけでも20〜40kgはある武将を乗せて、長時間ちゃんちゃんばらばらをすることなどサラブレッドには不可能です。
テレビや映画での合戦シーンでは、短時間のカットを編集でうまくつなげているので迫力があるように錯覚するのです。実際のロケでは撮影時間よりも(ウマの)休憩時間の方がはるかに長いはずです。
もっとも、サラブレッドより頑強な在来馬でも鎧兜の重さに長時間耐えられるとは考えられません。ウマに乗った武将がダダダッと全速力で進軍していく、という姿はやはり想像しにくいのです。
私は歴史について詳しくはありませんが、当時の戦場でウマを使うとすれば、主に戦場への移動手段、あるいは物資の運搬役といった使い方が中心になるのではないかと想像します。騎馬で戦闘をするとしても、ウマが疲れる前に前線から戻り、ウマを交代させるか休憩させてからまた前線へ行く、という運用が現実的ではないかと思うのです。また、戦闘時にはウマから降りて戦った方が多分安全です。ウマは目立つために標的になりやすいですし、馬上で刀を振り回すのはウマにも危険であるだけでなく、武将自身の体の安定性の点でも相当不利になるでしょう。
なお、当時の日本では金属製の蹄鉄は使われていなかったようです(wikipedia「蹄鉄」の項を参照)。馬沓(藁(わら)製の馬蹄保護具)というものが使われていたようなのですが、ウマが酷使される戦場では、近代騎馬のような活躍は無理だったのではないかと想像されます。
こう考えると、じゃあ「武田騎馬軍団」はどうなるのだ?という疑問を持たれる方がいるでしょう。実は戦国史に詳しい方々にはよく知られていることですが、現在では武田騎馬軍団の存在は疑問視されています。例えばwikipediaの「長篠の戦い」の項目をお読みください。
戦国時代のイメージがくずれてしまう、と感じる方は少なくないでしょうが、これが現実というものです。戦争というものは多かれ少なかれ美化されてしまうものだ、ということなのかもしれません。
さて、戦国時代とウマについてもうひとつのエピソードを紹介しましょう。
織田信長と豊臣秀吉を題材にしたテレビドラマは数多くありますが、その中に欠かせないシーンがあります。秀吉がまだ藤吉郎と呼ばれていた頃、ウマに乗って駆ける信長を下人の藤吉郎が走ってついていく場面。これは今まで何度も何度も映像化されてきました。これを見て、「藤吉郎は足が速かったんだなー」とか「当時の使用人は大変だったんだな」と思われた人は多いでしょう。あるいは、「走るウマについていくなんてありえない。これはフィクションだ」と見抜いた方がいるかもしれません。
もし信長のウマがサラブレッドだったならば、藤吉郎は驚異的なランナーということになってしまいます。しかし、もしこれが在来馬ならば、十分ついて行くことは可能だったでしょう。サラブレッドは競馬に特化した品種であるため速度が非常に速いのですが、在来馬は体格も小さく、速度もずっと遅かったはずです。それでも藤吉郎が楽だったわけではないでしょうが、超人的な体力を持たなくても大丈夫だったはずです。