最近ちょっと話題になったニュースに「空からオタマジャクシ(など)が降ってきた」というものがありました。1度だけでなく、各地から何件も報告がありました。このニュースは、原因がよくわからないというミステリアスなところも関心を呼んだと思われます。
朝日新聞東京版で取り上げられた「事件」は次の通りです(括弧内は掲載日)。
(6月9日夕刊)
4日、石川県七尾市、オタマジャクシ約100頭ほど
6日、石川県白山市、オタマジャクシ約30頭
8日、石川県七尾市、オタマジャクシ5頭(6月11日)
9日、石川県中能登町、小魚約10頭(6月17日)
13日、岩手県紫波町、稚魚約15頭
15日、広島県三次市、オタマジャクシ13頭(6月18日)
17日、千葉県山武市、カエル約60頭(6月26日)
16日、埼玉県久喜市、オタマジャクシ10頭以上
これ以外にもあちこちで同じような現象が報告されたはずです。
さて、ここで動物探偵の私がこの謎を解いてみようと思うのですが、既にメディアなどであれこれいろいろな推測がなされています。私の推理もその中の1つと同じものになってしまうのですが、ここでは詳しく推理の順序をたどってみることにしましょう。
空から何かが落ちてきた場合、まず考えられるのは竜巻などの自然現象ですが、今回の一連の落下事件ではそのような兆候はなかったようです。
とすると、何者かが空から落としたのだと推理できます。しかし、飛行機やヘリコプターとかそういうものではなさそうです。わざわざ落とす理由がありませんから。
それら以外で空を飛ぶものといえば、やはり鳥と推測できます。そして、鳥が落としたのだと考えるといろいろと説明がつくことがあるのです。
鳥といってもどんな鳥でもいいわけではありません。まず、空から落ちてきたものをよく検討してみましょう。いずれも水場の動物ばかりです。このような水生動物を食べる鳥といえばサギ類でしょう。サギの種類はいろいろあって、コサギ、ダイサギ、ゴイサギあたりが最もよく見られる種類です。他にもアオサギ、チュウサギ、アマサギなどがいます。ダイサギ、ゴイサギはどちらかというと魚食です。水中の魚を、あの長いくちばしで見事にキャッチします。コサギはエビやカニなどいろいろな水生動物を食べているようです。
今回の事件では何十という数の水生動物が落ちてきていますが、体が大きなサギ類ならこれくらいは飲み込めるはずです。
飲み込んだものは消化されないのか?という疑問を持つ方はきっといるでしょう。飲み込んでから時間がたっていなければ消化はそれほど進みません。食後すぐに吐き出してしまったのなら、今回のようにほぼそのままの形で出てくるでしょう。
食べる時にかみ砕かれるんじゃないか?という疑問もあるでしょう。ですが、それはありえません。なぜなら、すべての鳥には歯が無いからです! すべての鳥は食べ物を丸飲みしているのです(ワシやタカはくちばしで食いちぎることはありますが、歯は無いのでやはり丸飲みと言っていいでしょう)。
そして、忘れてはいけないことが「初夏」という季節のことです。春から夏にかけて、鳥たちは産卵・子育ての季節になります。もちろんサギ類も同様です。
サギ類は高い木の上に巣を作ります。卵は巣で温められ、孵化します。サギの幼鳥は飛べるようになるまで時間がかかります。つまり、飛べるようになるまでは高い木の上から動くことはできないのです。そのため、食べ物は親が運んでこなければなりません。
幼鳥は複数いるのが普通ですので、親はあちこちに食べ物を捕りに出かけ、すぐまた戻ってきます。幼鳥は親と変わらないぐらいまで大きくなりますから、その食欲はかなりのものになってしまいます。
親は食べ物を口にくわえて飛ぶのではなく、腹に収めてしまいます。でないと量をかせげません。巣に戻ったら、幼鳥の口の中にゲロゲロ〜と吐き戻しているのです。
吐き戻すきっかけは、幼鳥との接触など何らかの刺激によるものと思われますが、中には飛んでいる最中に「おえっ」となってしまうこともまれにあるでしょう。腹の中でオタマジャクシがじたばたしたために吐き気をもよおすことがあるのかもしれません。
さあ、これで今回の一連の事件はほとんど説明できてしまいました。
「子育て中のサギ類が、水場でたくさん飲み込んだ水生動物を、飛んでいる途中で吐き戻してしまった」
というのが事の真相と推理されます。
(サギ類と似た生態のカワウも原因の一部ではないかと思われます。)
この事件は竜巻を持ち出すまでもなく説明可能なのです。ましてやワームホールやら超能力やらはまったく関係ありません。
一連の落下事件は、今年突然大発生したようにも見えますが、同じようなことは過去にもずっとあったはずです。ただ、今年に限ってマスコミが集中的に取り上げたために、話題が話題を呼んで全国各地から類似現象が報告されることになったのでしょう。今までなら「不思議なこともあるもんだ」で済まされていたことも、マスコミで大々的に取り上げられれば「おおっ、これって珍現象なのかな? ならば新聞社orテレビ局に通報しなきゃ!」となったのでしょう。
この事件もいずれは忘れ去られてしまうことでしょう。が、鳥の生態学的には興味深い現象です。
動物が何を食べているかは、その動物の食事の様子を観察するか、解剖して胃の中を調べます。食事の観察は近くではできないために、何を食べているのか完全に把握することは難しいです。胃の中を調べる場合も、生きた動物を大量に捕獲することは困難です。死体を発見するのもこれまた難しいことです。
つまり、動物が何を食べているのか、という疑問は現在でもまだ十分に解明されているわけではないのです(東京タヌキの研究でもこれは重要な研究課題です)。
今回のような「落下事件」は、サギ類が何をどれぐらい食べているかを知るための研究材料になる可能性があります。そう考えると、これはもっと追求する価値のある現象だと言えるかもしれません。鳥の研究者にぜひ取り組んでいただきたい課題です。
ただ、難点はいつどこに落下するのかまったくわからないことです。これではかなり効率が悪い調査になってしまいます。効率を追求するなら、サギの巣の下を探すのがいちばん楽でしょう。幼鳥に食べさせようと吐き出した食べ物が、時々巣の外に落ちてしまう可能性はそこそこあるはずです。ところがこれにも問題があります。というのは、サギのフンはとてもくさいのです。巣の下の地面はかなりの悪臭で、しかもいつ上から追加のフンが落ちてくるかわかりません。こういう苦難に耐えながらの調査になってしまうことでしょう。