Vol. 460(2009/7/26)

[今日の勉強]ゴキブリのモルフォロジー

生物の形態を(文字や図で)表すことが「モルフォロジー」です。

生物を絵に描く時には、その形態を正確に写し取らなければなりません。精密な絵を描くには、非常に微細な点までこだわる必要があるのは当然です。では、簡略化されたイラストは適当に描いてもいいのかというと、そうではありません。その生物の特徴をうまく表現できなければ、いったい何のイラストなのかわからないものになってしまうでしょう。
世の中のイラストの中には時々、「イヌに見えないイヌ」や「ハトに見えないハト」などというものがあります。イラストを描いた本人はちゃんと描いたつもりでも、他人にはそうは見えないのです。なぜそんなことになってしまうのかというと、その生物の特徴をきちんとおさえていないからです。
つまり、その生物独特の特徴を的確におりこめば、それらしくイラストが描けるはずなのです。

そこで、今回は(みんなが大嫌いな)ゴキブリを題材にしてみましょう。
今月発売されたばかりの新刊「害虫の科学的退治法」では、ほとんどのイラストを私ではない人にお願いすることは最初から決まっていました。ここで心配なのは、その人はちゃんと害虫を描けるか?ということです。プロのイラストレーターといってもみんながみんな動物をちゃんと描けるわけではありません。今回のような科学書ではそれなりのレベルはクリアーしていただかないとなりません。幸い、編集部が選んだイラストレーターの方は大丈夫のようでした。
それでも心配な私は、念のため(今回の主役の)ゴキブリの簡略化イラストを描くための指示書を渡すことにしました。それがこの図です。

この中に必要なことは描いてしまっていますので、あらためて説明する必要はないでしょう。
精密図ならばさらに細かなモルフォロジーの説明がいりますが、イラスト向けならばこの程度をおさえておけば大丈夫です。これで十分に「ゴキブリ」と認識できるはずです。
簡略化されたイラストは、言ってみれば「記号」が組み合わされたものです。記号を適切に配置していけば、ほとんどの人が「ゴキブリ」と認識するはずです。その「記号」を明らかにすることもモルフォロジーの役割です。
優秀なイラストレーターならば、「記号の抽出」「記号の適切な配置」ができるでしょう。それをどれだけ意識的・無意識的に行っているかは各人によって違いますが、どちらだとしても問題はありません。結果が正しければいいのですから。ただ、ある程度意識的に行った方が正確な抽出ができますし、いろいろな場面で応用ができるとは思いますが。
これは生物に限らず、人物や風景、無生物にも同じことが言えます。絵やイラストのうまいへたは、これができるかどうかにかかっていると私は思います。

さて、話をゴキブリに戻しますと、ゴキブリを簡略化して描くことにはメリットがあります。それはゴキブリの生々しさを軽減できることです。例えば、ゴキブリに目玉をつけるだけでも「マンガっぽく」なります。このようにリアリティーをわざとくずすことで得られる効果があることを忘れてはいけませんし、それを積極的に使う必要がある場面もあります。
今回の本では、ゴキブリのマンガ的表現もうまくいったようで、ゴキブリが嫌いな女性の方でもあまりこわがらずに読んでいただけるのではないかと思っています。


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