[今日の事件]埼玉県越谷市、殺虫剤誤飲事件
業者向け殺虫剤は一般人が使うべきではない
2011年5月15日、埼玉県越谷市で119番通報がありました。2人の70代女性が倒れているのを家族が発見、通報したのでした。2人とも重症とのことです。
原因は殺虫剤の誤飲でした。自治会を通じて配布された殺虫剤をお茶と思って飲んだのでした。
(2011年5月16日、朝日新聞、読売新聞などより)
殺虫剤の誤飲事件はあまり報道はされていませんが、軽傷のものを含めると毎年必ず発生しているものです。少量の誤飲なら軽傷ですむことも多いので、いちいち報道されるほどではない事件は多数発生しているでしょう。
まずは今回の事件の殺虫剤について説明しましょう。報道によると、製品名は「水性サフロチン乳剤ES」(住化エンビロサイエンス株式会社)。「サフロチン」は商品名で、一般名は「プロペタンホス(propetamphos)」です。
プロペタンホスは普通に使われている殺虫剤で、特に珍しいものではありません。ただ、薬局やスーパーなどでは売っておらず、業者向けの商品です。
プロペタンホスの分子式はC10H20NO4PSで…と説明しても普通の人にはわかりにくいですよね。それでもネットで検索するためにヒントを書くことにしましょう。
まず、「製品名」と「一般名」は異なります。ネット検索ではまず一般名を探し出しましょう。同時に英名も確認します。
次に一般名または英名で検索すると、「CAS番号」の表記を見つけられるでしょう。CAS番号とは、発見されたあらゆる化学物質に付けられた数字です。化学物質の数は膨大で、構造が類似していたり、名前が複雑すぎる場合も多いです。そのため、数字で管理する方法もとられているのです。プロペタンホスのCAS番号は「31218-83-4」です。
一般名、英名、CAS番号がわかれば、それらでネット検索をすればいろいろな情報が得られます。
製品名も役に立ちます。今回の製品名「水性サフロチン乳剤」で検索すると、「製品安全データシート」というPDF文書が最初のページに表示されるはずです。
「製品安全データシート」または「化学物質安全性データシート」、「MSDS(Material Safety Data Sheet)」と呼ばれるこの文書は製品の安全性を記した重要な文書で、基本情報、危険性、使用時の注意、応急処置方法、などなどが記載されています。
上記のデータシートでは製造者が「シントーファイン株式会社」になっていますが、これは「住化エンビロサイエンス株式会社」の合併前の社名ですので、製品自体は同じものです。
データシートで注目するべき点のひとつは致死量です。これはLD50という数値で表されます。(詳しくは「Vol. 397(2008/2/17)[今日の事件]冷凍餃子毒物混入事件の読み解き方・その1・キーワードは「LD50」」を参照。)
データシートによると、LD50は94.2となっています。これは、一般人には使わせない方がいい、という値と言えます。ですのでネット通販で売っていたとしても素人は手を出さない方が無難です。
ただし、これは原液での値です。自治会は200〜300倍に希釈して配布したとのこと(この希釈倍率は使用法の指示通り)ですので、誤飲時のLD50値は20000程度だったことになります。この値だけ見るとそれほど危険ではないはずですが、薬剤の影響は飲み込んだ量や体内への吸収の度合いや個人差で結果が異なってきますので単純に判断はできません。ただ、意外に症状が重いので、200倍希釈ではなくもっと濃かったのではないかとも疑われます(がぶ飲みしたとも思えませんし)。
今回の事故の原因は、殺虫剤をお茶のペットボトルに入れたこと、そのペットボトルのラベルをはがさなかったこと、殺虫剤であることをペットボトルに明記しなかったことにあります。
殺虫剤の量が多い場合、一時的に別容器に小分け・保管することはあるでしょう。ただし、その場合は中身の正体をはっきりと明示しておく必要があります。飲料のラベルをはがすのは基本中の基本、さらに油性ペンででもいいですから「殺虫剤」とか製品名を書いておくことも絶対必要です。今回それを怠った自治会の責任が問われます。ちなみに越谷市は誤飲防止のため飲料用容器に小分けしないよう文書を配付していたとのことです。
自治体・自治会を通して殺虫剤(あるいは殺鼠剤)を住民に配布するというのは現在でもあちこちで行われています(東京都でも!)。ただ、今回のようなリスクがあるので、住民自身が害虫駆除作業を行うのはどうかと思うこともあります。知識のない一般人が業者向けの殺虫剤を扱うことには不安があります。自治体が駆除業者に依頼して作業した方が、安全かつ適切です。
自治体の中には昔から住民がやっていることなので今も惰性でそのままにしている、ということもあるでしょう。今回の事件を機会に、駆除作業のやり方の検討や、本当に効果があるのかといった検証を自治体は行うべきです。そこまで予算がないのが自治体の現状かもしれませんが、中には不要な駆除作業もあるはずです。そういうものを整理すれば予算を増やさずに安全性を高めることができるかもしれません。