[OPINION]アザラシは来訪神
2011年10月、荒川にゴマフアザラシが現れました。かつてのタマちゃん事件の時もそうでしたが、見物客が集まり、テレビカメラが来て、地元自治体が住民票を交付し、便乗商法もさっそく登場しています。
こういう騒ぎを見ていると、つくづく日本人は来訪神が好きなんだな、と思います。
「来訪神」とは一般的には「年に1度、どこからかやって来て富を与えてくれる神様」のことです。
誰でもすぐに思いつくような伝統行事がありませんが、沖縄のミーミンメーが典型的なものでしょうか。これは海の向こうからミルク様(弥勒)がやって来る、というお祭りです(ミルク様の面がちょっとびっくりなので、興味ある方はネット検索で調べてみてください)。「神様に扮して各戸を巡る」というタイプの各地の伝統行事は来訪神信仰と言っていいものです。そうすると、秋田県のナマハゲもやはり来訪神ということになります。怖い神様が来るのはちょっと歓迎したくないところですが、それもまた何かの教訓を人間に授ける役目があると考えられます。似たようなものとして、甑島(鹿児島県)のトシドン、悪石島(鹿児島県)のボゼなどがあります。
仙台四郎も同じ系列と言えます。仙台四郎が訪れた店は繁盛したといいますからまさに来訪神です。祖先の霊が帰ってくるという「お盆」もやはり来訪神のバリエーションと言えるでしょう。
これらの例からもわかるように、来訪神は日本人にとってなじみがあり、愛着を持ちやすい神様のようです(外国でも多かれ少なかれ似たような例はあるでしょうが)。
恵比寿(えびす)信仰も来訪神のひとつです。恵比寿信仰にはいろいろな形態があるのですが、そのひとつとして漂着したクジラやイルカを「えびす」と呼称することがあります。海から流れ着いた「えびす」が食料になったり商品になったりするわけですから、これは「富をもたらす神」なのです。流れ着いた神様は「寄り神」あるいは「漂着神」と呼ばれています。
そういう意味では、アザラシの漂着も「えびす」であり「来訪神」であると言えます。
タマちゃんも、今回のゴマフアザラシも地域経済にプラス効果をもたらしていますし、宣伝効果もあります。
ニホンモニター株式会社のプレスリリースによると、今回のゴマフアザラシ出現がテレビ番組に取り上げられた時間数をCMスポット料金に換算すると75億円に相当するとのことです。その恩恵を受けたのは主に志木市で、市長自らが現地に行ったり、専任担当者を任命したり、住民票を交付したりといったコストのかからない広報活動ながらも非常に効果的に市の宣伝ができたのです。
地域経済への効果としては、ゴマフアザラシにちなんだ商品も現れつつあるとのことで、それが土産物として有名になればプラスの効果になるでしょう。結果が出るのはこれからですが。
これらの経済効果はアザラシという来訪神がもたらした富なのです。そんな神様を地元が歓迎するのは当然のことでしょう。神様を歓迎する行為が「お祭り」ならば、アザラシに人が集まってくるのも一種のお祭りです。
私はアザラシがなぜ大騒ぎになるのかは理解できませんが、このように考えると盛り上がってしまうのも当然のことなのかもしれません。
アザラシが来訪神になってしまうのはその珍しさのせいもあるでしょう。前回に書いたように、関東の川にアザラシが現れる確率は5年に1度程度です。「いつどこに来るかわからない来訪神」だからこそ、出現した時には大騒ぎになってしまうのでしょう。いつでもそこにいるのでは来訪神にはなりません。タマちゃんはけっこう長い間居着いていたのですが、最後の方では話題になることはほとんどなくなってしまいました。アザラシやアシカが普通に見られる北海道では来訪神になれないでしょう。めったに拝めないからこそ神様なのです。
伝統行事の来訪神様たちも現れるのは1年に1度だけです。それ以上ひんぱんに来るようでは神様にはなれないのです。