Vol. 542(2012/5/27)

[今日のいきもの]泳げ!ホッキョクグマ

ホッキョクグマというと氷の上の姿がよく知られています。この氷は陸地につもった雪氷や凍土だけではなく、北極海の海氷も含まれます。ホッキョクグマは北極海沿岸とその周辺の陸地に生息しています。内陸部に生息するホッキョクグマもいますが、多くは沿岸部、海が氷結すれば海氷上(陸地から数百kmほどまで)で生活します。
なぜ海の上にホッキョクグマがいるのかというと、獲物を狩るためです。ホッキョクグマの獲物とはアザラシ類です。アザラシは泳ぐことが得意ですが、哺乳類ですから必ず息継ぎのために水面に浮上しなければなりません。海氷の氷は均一な厚さではなく、氷の穴があいている場所もあります。アザラシはそのような穴から顔を出して呼吸します。これはホッキョクグマにとっては絶好の狩り場になります。穴のところで待っていれば、そのうちアザラシが顔を出してくるでしょう。その瞬間、強烈なクマパンチを繰り出し、アザラシを倒してしまうわけです。完璧にも思えるこの作戦ですが、大きな問題点があります。アザラシがいつになったらその穴から顔を出すかわからないのです。穴はあちこちにありますから、ホッキョクグマが待つ穴からアザラシが顔を出すとは限りません。ホッキョクグマも動くことはできません。あの巨体でのしのし歩けば、海中のアザラシにはホッキョクグマの存在がわかってしまうのです。ただひたすら、動かずに待つしかないのです。
ホッキョクグマは陸上では、シカや小型哺乳類、イチゴなどの植物を食べます。

季節が夏に向かい、気温が高くなってくると北極海の氷はとけはじめます。海氷上のホッキョクグマもそれを察知して、陸地へと移動していきます。移動の途中では海氷が無い場所に出くわす可能性もあります。ですがそこでもたもたするわけにはいきません。ホッキョクグマは陸地に向かって泳ぎだすのです。その泳ぐ距離は、これまで確認されていたのは60kmほどでした。ちなみにドーバー海峡は34km、津軽海峡は27km、対馬海峡は56kmですから、これらよりも長い距離になります。しかも北極海ですから水温は低いです。ホッキョクグマは実はとんでもない遠泳選手なのです。ホッキョクグマは一般的なイメージと違って、「海の動物」でもあるのです。

最近の新聞記事(朝日新聞2012年5月10日付け夕刊)によると、米地質調査所の調査で、ホッキョクグマが平均150km以上を泳いでいることがわかりました。この調査ではホッキョクグマにGPS発信器付き首輪を装着して調べたとのことです。中には687kmを10日間かけて泳いだ例もあったとのこと。この距離は東京〜大阪間よりも遠くなります。

近年、温暖化の影響によって北極海の海氷が少なくなっています。そのためホッキョクグマは以前よりも長距離の遠泳を強いられているはずです。今後も海氷が少なくなっていけばその距離はさらに長くなっていくでしょう。ホッキョクグマはすばらしい遠泳能力を持っていますが、長距離遠泳は負担も少なくないはずです。海氷が減ると、ホッキョクグマの生息数は減るのでしょうか。それとも陸地へと生息場所をシフトさせていくのでしょうか。海氷の減少がホッキョクグマにどのような影響を与えるのか、注意して見守っていく必要があります。


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