[今日の事件]セアカゴケグモ、福岡市を侵略中
2012年9月、福岡市東区で86才の女性がセアカゴケグモにかまれるという事件が発生しました。セアカゴケグモは靴の中に隠れており、女性が靴をはこうとしたところをかみつきました。女性は全身の痛み、息苦しさなどの症状があり、病院に運ばれました。
セアカゴケグモは本来はオーストラリアに生息する毒クモです。近年日本各地で目撃例が相次いでおり、生息分布を広げています。このような事件が起こるのは予想されていたことでした。
セアカゴケグモの「セアカ」とは背中に赤い模様があることを意味します。「ゴケ」とは「後家」つまり未亡人のことです。これは英語の「widow spider」(未亡人クモ)を直訳しただけのことです。なぜ後家なのかについてはいくつか説があります。
「ゴケグモの毒で夫が死んでしまい、妻が未亡人になってしまうから」
「交尾後にメスがオスを食べてしまい、メスだけが残るから」
「オスの方が寿命が短く、メスが多いように見えるから」
といったものですが、どれが正解かはよくわかりません。
そのセアカゴケグモの毒ですが、オーストラリアでの死亡例はあるものの、日本ではまだない、という実績です。オーストラリアでも治療法が確立してからは死亡例はないそうです。
セアカゴケグモにかまれた時の症状は、「痛み」です。最初はかまれた箇所だけですが、次第に痛む範囲が広がっていきます。子どもや高齢者は全身に症状が広がることもあります。重症化した場合の治療法は抗毒素を使うことですが、その抗毒素はセアカゴケグモ治療専用のものとなりますので、医療機関では在庫を持っておかなければなりません。
この程度の毒では夫は死なないよね、と言いたくなりますが、近縁の「クロゴケグモ(Black Widow)」では死亡例があり、こちらの方が本家「ゴケグモ」なのです。といっても、このクロゴケグモでも死亡率が高いわけではなく、治療法も確立していますから備えさえあればびくびくするような相手ではないといえます。
しかし、日本ではまだなじみがないクモですので、当分は地域住民をパニックに陥れることがあるかもしれません。ただ、セアカゴケグモのメス(毒があるのはメスだけ)は体長(頭胴長)はたったの1cm、脚を含めても数cmほどの大きさしかなく、注意しろと言われても発見するのはかなり難しいでしょう。
クロゴケグモは貿易によって船(場合によっては飛行機)で世界各地に分布が広がったと推測されています。初期に目撃される場所が港湾部に多いことからもそれが裏付けられます。今回の事件の舞台の福岡市も博多港という貿易港を抱えています。
当然のことですがセアカゴケグモは博多港だけの問題ではなく、他の貿易港でも同じです。貿易額(輸出・輸入合計)では博多港は日本で10位です(空港は除く)。博多港より上位なのは名古屋、東京、横浜、神戸、大阪、千葉、川崎、四日市、水島です。これらはすべて既にセアカゴケグモに侵略されていると見なして対策を考えるべきでしょう。
ただ、これら以外の場所、内陸部でも既にセアカゴケグモが確認されています。内陸部でももはや安全ではないのです。
福岡市では目撃場所の大半は東区ですが、2012年10月には中央区、早良区でも発見されています。また近隣の自治体でも発見例があることから、既に広範囲に拡散してしまっていると予想されます。福岡市でセアカゴケグモが最初に発見されたのは2007年でしたから(おそらくそれ以前から持ち込まれていたとしても)かなりの進行速度と言えます。
今回の福岡市の事件はこれだけでは終わりませんでした。
2012年10月、福岡市が2008年以降、東区の人工島でセアカゴケグモ8201頭を駆除していたことを公表していなかったことが明らかになりました。「住民の不安をあおる可能性がある」ため公表しなかったと弁解していますが、部署間の連絡が不十分だったこともあるようです。さすがに福岡市はあわてて生態調査に乗り出すこと、対策推進会議を発足させることを表明しました。
これに関しての新聞記事(朝日新聞・福岡版、2012年10月30日)で高島・福岡市長の次のような発言が紹介されています。
「本来、外来種を扱う環境省があり、市は独自調査までする役割はない。国にも協力してほしい。」
確かに外来生物(外来生物法)を扱うのは環境省であり、そのことは間違っていません。しかし、環境省には日本全国すみずみまで調査や駆除を行うだけのリソース(専門家の数、予算、時間など)はありません。外来生物はセアカゴケグモだけではありませんしね。ですので、現地での実動については地元自治体が担当せざるをえないのが実情です。実際、環境省の確認・認定を受ければ自治体が防除を行うことが可能です(アライグマでは多くの事例があります)。
それに問題は既に発生してしまっているのです。国が何かしてくれるのを待っているようでは解決は遅れるばかりでしょう。すばやく対処するには地元自治体が動かなければならないのは当然です。市長が泣き言を言っている場合ではないのです。
その後、11月7日には市は行動計画を決定したとのことですので、スタートとしてはまずまず悪くはありません。
福岡市に注文をするなら、この機会に近隣の自治体とも共同して調査や啓蒙活動を行ってはどうでしょうか。同時に広域で行動を起こせば、より効果的になるのではないかと思います。
近隣の自治体も「うちはまだ発見されてないから大丈夫」などと思わずに、この機会に先手を打って調査を実行すべきではないでしょうか。