Vol. 24(1999/11/7)

[今日の本]サルとつきあう

サルとつきあう——餌付けと猿害
[DATA]著:和田一雄/発行:信濃毎日新聞社/価格:1800円/ISBN4-7840-9811-9/初版発行日:1998年11月9日

[SUMMARY]サルを殺せば猿害は解決するのか?

志賀高原地獄谷の野猿公苑のニホンザルは温泉に入ることで世界的に有名だが、個体数が増加し、人間に危害を加えたり、周辺地域で猿害が起こったりなどの問題が生じ、間引きが議論されたり、野猿公苑のあり方も問われている。
この志賀高原や長野県内のニホンザル生息地の現状と現在までの経過を分析し、猿害対策やニホンザル保護、さらには自然保護のあり方までを論じる。

[COMMENT]ニホンザルと自然保護

本書の著者は京都大学、東京農工大学(既に定年退官)などでニホンザルの研究をされてきた方です。特に、長野県でのフィールド調査を長年やってきており、その経験が本書にまとめられています。

ニホンザルと人間との付き合い方を考える上で、他の大型・中型哺乳類と異なる事情があります。それが野生ザルを餌付けして公開する「野猿公苑」です。本書でとりあげる地獄谷のニホンザル、あるいは大分の高崎山が有名です。しかし、観光としての人気も下がっており、その一方で個体数が増えすぎるなどさまざまな問題があります。これについては最初の2章で述べられています。
次の第3章は野生のニホンザルの猿害とその対応について。本書では長野県内の例についてを紹介していますが、おそらく日本各地で同様のことが繰り広げられていることでしょう。本書を読む限りでは、効果的な防除法を行っている所もあるのですが、効果があるかどうかもはっきりとしないような方法で駆除している場所も多いようです。ここでは「前もって生態を調査せずいきなり駆除・防除する」あるいは「駆除・防除の効果を後で評価しない(そのため間違った方法をとると猿害が繰り返される)」という、非常にまずい対処法が紹介されています。このような場当たり的なやり方では効果は一時的でしかないでしょう。本書ではこれは行政の問題でもあることを示唆しています。確かにお役所的なやり方とも言えそうです。
第4章では志賀高原のスキー場開発の歴史、特に長野オリンピックで非常にもめた、「滑降コース問題」についてをとりあげています。当時、このニュースはスキーに興味の無い私にはそれほど大きな事件ではなかったのですが、本書でのニホンザルと絡めた解説を読むと、ニホンザルに限らず大型・中型哺乳類一般の問題であることがよくわかります。私はスキーがどうも好きになれません。スキー場は森林を大きく削らないと作れません。野生動物に影響が無いはずはないのです。
第5章ではさらに大局的に自然保護について論じているのですが、ここまでくるとニホンザルの話ではなくなります。ちょっと話が広がりすぎかもしれませんが、大型・中型哺乳類の保護を考えた場合、かなりの広範囲の自然を確保しなければなりません。そうなると地元の理解は当然必要になるわけで、そのための提案がなされています。つまり「観光開発」に頼るのではなく、本来の自然環境(サルもその一部)を活かし、持続的に利用するということです。

この本のテーマは「野猿公苑」「猿害」「自然保護」の3つなのですが、これらがばらばらと並んで出てくるため、全体にまとまりが悪い印象があります。ですが、現在のニホンザル事情を知る上では役に立つ本であることも間違いありません。

この本で少々つらかったのは、地名や地形がわかりにくいことでした。志賀高原といえば、スキーをする方なら非常にメジャーな場所なのでしょうが、九州育ちでスキーには全然縁のない私には地名の読み方もわかりませんし、掲載されている地図では地形の様子もつかめません。同書が地域の出版社から発行されているので、地元の人を主な読者にしているのかもしれませんが、内容的にも全国的に読まれるべきものですので、こういった情報も載せてほしいものです。

以前(Vol.3)ここで紹介した、「生かして防ぐクマの害」にも共通する内容の本ですが、より現場に即したという点では「生かして防ぐクマの害」の方がより面白く読めます。


[いきもの通信 HOME]