いきもの通信 Vol.41[今日の事件]マッコウクジラ座礁事件/あのクジラを救出する方法はあったのか? 

Vol. 41(2000/4/16)

[今日の事件]マッコウクジラ座礁事件

あのクジラを救出する方法はあったのか?

[ON THE NEWS]
4月6日(木)朝、静岡県大須賀町の海岸にマッコウクジラ(オス、体長16.4m、体重40t)が流れ着いているのが発見された。人間が海に押し出そうとしてもびくともしないため、重機2台(ショベルカー)が出動、海側の砂を掘り、満潮となる夕方に海に脱出しやすいようにした。しかし、重機で押し出そうとしたにもかかわらず海への脱出はできず、19時30分救出作業は中断した。その夜は一晩中、町民、町職員らが水をかける作業を続けた。
翌7日(金)、尾にロープをくくりつけ、海から漁船で引っ張る作業をした。が、ロープが切れてしまって失敗。午後2時過ぎ、専門家の診断で死亡が確認された。
このマッコウクジラの死体は解体され、埋められた。
(SOURCE:4月7日 朝日新聞(東京版)夕刊、4月7日 フジテレビ「スーパーニュース」など)

[EXPLANATION]
今回の事件はテレビなどで大きく報道されたのでご覧になった方もいるでしょう。朝日新聞でも記事は非常に簡単でしたが、カラー写真付きで1面で報道されました。クジラ・イルカの座礁事件はずいぶん久しぶりのような気がしますが、世界的に見ればしょっちゅう起こることで、日本でもイルカの座礁は珍しくないはずです。ただ、今回はマッコウクジラという大物だったためにニュースになったのでしょう。マッコウクジラはほぼ全世界に生息し、日本付近でもよく姿が見られます。マッコウクジラ自体はそれほど珍しいクジラというわけではありません。
報道ではマッコウクジラを海に戻そうと努力する町民たちの姿も紹介されました。夜通し水をかける人たち、重機で海に押し出そうとする努力。いかにもマスコミ受けする人情譚ですね。そしてマッコウクジラの死。いやあ泣かせる話です。
しかし、ここはちょっと冷静になって、あのマッコウクジラを海に戻すことは本当に可能だったかどうか、検証してみましょう。

その前にちょっと確認事項から。
今回の報道ではこのマッコウクジラの体重は「20t」とされていましたが、下記の参考文献で調べたところ、20tではあまりに軽すぎるようです。事件の翌週の週刊誌「FOCUS」(新潮社)の記事では「40t」となっていました。体のサイズからいって、こちらの数字の方がより妥当と思われますので、ここではこの数字を採用します。

40t——想像もつかない重さですね。こういうときは「小錦が何人分」とかいう表現がよく使われるのですが、このたとえはいまひとつピンときません。普通の乗用車が1t前後(といってもかなり幅があるのですが)、というあたりが目安になるでしょうか。ちなみに地上最重の哺乳類、アフリカゾウのオスは4.7〜6tだそうですから、約8倍の重さになるわけです。最大のクジラ、シロナガスクジラは体長25m、体重100〜120tにもなるそうですから、こんなのが漂着したら途方にくれるしかなさそうです。
まずはわかりやすく、このマッコウクジラを人間が押す場合を考えてみましょう。例えば、今回のテレビ報道では20人ほどで押している様子が紹介されていましたが、この場合、1人当たり(40t÷20人)=2tもの重さになるわけです。これが自動車なら少しは動くかもしれませんが、砂浜にべったりと接地しているクジラではびくともしないはずです。倍の40人でも1人当たり1tで、この程度ではまだまだ動きそうもありません。100人がかりでも1人当たり400kg、これでもまだ足りなさそうですし、そもそも体長16mのクジラにどうやって100人がとりつくのか、という別の問題もあります。ということで、人力での救出は不可能なのです。

現場ではその日の内にショベルカー2台が到着し、クジラを押そうとしていましたが、多分この2台の車重を合わせてもクジラの体重40tには届かないのではないかと思います。また、あの細長い腕ではパワーも不十分と予想されます——そして実際、クジラを動かすことはできなかったようです。

翌日は漁船までも出動しましたが、ロープで引っ張ろうなんて、ここまで読んでいただければ最初から無駄な努力だとおわかりと思います。この時、ロープはクジラの尾びれの根元に巻きつけていましたが、これは人間でいえば足首にロープを巻いて引きずろうとしているのと同じことで、かなり乱暴なやり方だと思います。あまりお勧めできません。

では、このクジラを海に戻す方法はあるのか、となると、う〜ん、ちょっと思いつきません。船の座礁の処理というものがありますから、船舶関係の専門家に聞くという手もありますが、相手は生きた動物なので一筋縄ではいかないでしょう。船なら荷物を投棄することで浮力を稼ぐことができますが、クジラはそうもいきません。
満潮時に自力で脱出させるの一番いいのですが、その力も残っていなかったようでした。残念ながらあのクジラを救出することは現実的には不可能だった、というのが私の結論です。

座礁するのはクジラばかりではなく、イルカの例も多くあります。代表的なイルカの体重を書いてみますと、ハンドウイルカ=最大650kg、マイルカ=最大135kg、カマイルカ=最大180kg、スジイルカ=最大156kgといったところです。数字はいずれも最大体重ですので、実際はもう少し軽いと考えてください。とは言っても、かなり重いことには違いありません。何人かで押すことも可能なのですが、そんなことをしたら皮膚を傷つけることにもなりかねませんので、お勧めできません。下記の参考文献「クジラ・イルカ大百科」では専用のフロート(浮き袋)を使って救出している写真が紹介されており、比較的軽いイルカといえども慎重に扱わなければならないようです。
まず最初にすべきことは専門家に連絡することでしょう。今回は国立科学博物館の方が呼び出されたようですが、他には水族館や動物園に連絡するという方法もあるでしょう。
今回の報道ではクジラに水をかける様子が紹介されていましたが、これは適切な方法です。地元に誰かこの方法を知っている人がいたんでしょうね。クジラに水をかけるのは、体温の上昇を防ぐためです。クジラ・イルカは水中で暮らしているため、その環境中で体温を維持するようにできています。そのため、陸上に上がると体温が上昇してしまうのです。水をかけ続けるのではなくても、湿ったシーツをかぶせてやる方法もあります(ただし、噴気孔はふさがないように!)。この場合もシーツの濡れ具合には常に注意していてください。
とはいえ、結局は専門家の指示に従って対処するのが最も確実・的確なやり方でしょう。


参考文献
「クジラ・イルカ大百科」著:水口 博也、発行:TBSブリタニカ
「完璧版 クジラとイルカの図鑑」著:マーク・カーワディーン、発行:日本ヴォーグ社
「海の哺乳類 FAO種同定ガイド」著:トマス・A・ジェファソン他、発行:NTT出版
これらの書籍はVol.54で紹介しています。


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