Vol. 71(2000/12/3)

[今日の事件]ニホンオオカミ発見?!

[ON THE NEWS]

2000年7月8日、北九州市の高校長が九州中部の山地でニホンオオカミと見られる動物を発見、写真撮影した。また、付近でこの動物のものと見られる糞や体毛を採集した。
これについては11月12日の野生生物保護学会で発表し、また、11月20日に北九州市役所で記者会見をした。
動物学者の今泉吉典氏は「ニホンオオカミと見られる」と回答したらしいが、丸山直樹氏(東京農工大教授・野生生物保護学)は疑問視している。
(SOURCE:朝日新聞(東京版) 2000年11月21日、2000年11月22日夕刊)

[EXPLANATION]

国内の「幻の動物」といえばツチノコが有名ですが、それに次ぐのがニホンオオカミでしょう。絶滅から100年になろうとしていますが、まれに目撃情報があつたりします。今回は証拠写真もばっちり撮られていてかなり話題になりそうな感じになってきています。

さて、まずはニホンオオカミについての説明をしておきましょう。
ニホンオオカミ(学名Canis hodophilax)。大きさは中型の日本犬ほど。本州、四国、九州に分布していましたが、1905年に捕獲されたものを最後に絶滅したとされています。外見はタイリクオオカミの小型亜種に似ていますが、四肢と耳が短いなどはっきりした違いがあります。
生態については過去の文献に頼るか、タイリクオオカミの生態から推測するしかないため、詳細は不明です。ニホンオオカミについては最後に参考文献を紹介しておきます。

ここでタイリクオオカミについても書いておきましょう。タイリクオオカミとは一般に言うオオカミのことです。ハイイロオオカミ、マダラオオカミ、シロオオカミなどさまざまな別名があります。ただ、他に「オオカミ」の和名がつく種はアメリカアカオオカミ、タテガミオオカミぐらいなので、タイリクオオカミはそれら以外のすべてのオオカミを指すと考えていいでしょう。学名はCanis lupus。32亜種ありますが、これには絶滅したものも含まれます。ユーラシア大陸、北アメリカ大陸に広く分布しています。
ちなみに、イヌ(イエイヌ、学名Canis familiaris)はタイリクオオカミを家畜化したものと言われています。人間とイヌの付き合いはかなり長いと思われます。おそらく、人類にとって最初のペットだったのではないでしょうか。タイリクオオカミとは別種とされていることからわかるように、遺伝子的にも、外見的にも区別できます。

さて、今回の問題の動物ですが、ニホンオオカミと断定できない理由がいくつかあります。これは第一報を見たときに私もすぐに思いついた事なのですが、朝日新聞で丸山直樹氏(東京農工大教授・野生生物保護学)も同様の指摘をしていました。それとだぶるところはあるのですが以下に書いてみました。

オオカミは群れで行動する

オオカミ、そしてその他のイヌ科の動物も一般的に家族単位の群れで行動します。イヌでもそれは同じで、イヌの場合は人間家族が擬似家族となっているわけです。今回の問題の動物は1頭だけしか目撃されていません。オオカミにしては奇妙な行動です。もちろん、これが単独行動する若いオスの可能性もありますが、もっと目立つはずの群れがこれまで目撃されていないというのも変なことです。

野生動物が人間に接近することは基本的にはない

野生動物は基本的に人間に接近することはありません。鼻がいい犬の仲間なら離れていても嗅ぎつけるので、うっかり接近してしまうこともないでしょう。ただ、日本では人間の生活領域と自然環境が近かったため、ニホンオオカミとの接触は少なくはなかったようです。そう考えると、今回の件もそれほど不思議ではないように見えますが、3〜4mというのはいくらなんでも近すぎるように思います。飼育されたことがあるイヌならそれくらいまで近づくことは何の不思議もありませんが。
また、もうひとつ気になるのが、目撃場所です。公表されている写真から推測すると、それなりに開けた場所のようです。「民家は近くにない」とのことですが、これは具体的な検証が必要でしょう。

九州は大型野生動物は棲みづらい

九州は極端に開発が進んでいるわけではないのですが、高山が少ないために人間が進出している範囲が比較的多いと言えます。そのため、自然がそれなりに残っていても分断されている場所が多く、広い棲息領域を必要とする大型動物や肉食動物にとっては棲みづらい環境なのです。実際、九州のツキノワグマは絶滅したものと考えられています。このような環境でニホンオオカミが生き残っているとは思えないのです。

ニホンオオカミとイヌの区別は難しい

確かにこれは難しいです。多分専門家にとっても難しいでしょう。写真やビデオが普及した現在、それらを使った記録は伝聞の証拠よりもはるかに確実性が高いのですが、ねつ造の可能性を完全に排除することができないというだけでなく、今回のような微妙な判定にはあまり役に立たないのです。しかも公表された写真が1枚だけというのでは説得力があまりにも足りないのです。また、写真では大きさが判断しにくいという難点もあります。近くに指標となるものが写っていないのが残念です。
このような場合、写真よりもビデオの方がずっと優れているとは言えるでしょう。写真の場合は本当に1回しかシャッターを切れないようなことがありますが、ビデオではもう少しはチャンスが多いでしょう。また、少々暗いところでもライト無しでも撮れること、ズーム機能が充実していることなど、利点は多くあります。何といっても最大の利点は動いている姿を撮影できることでしょう。動く映像からは静止画よりもはるかに多くの情報を得られるのですから。

結局のところ、今回の問題の動物はニホンオオカミと断定することはできないでしょう。DNAでの判定も、そもそも基準となるべきニホンオオカミのDNA採集が困難(剥製からの採集はできなかったらしい)であるだけでなく、比較対象のタイリクオオカミやイヌのDNA解析も十分ではないので決定的証拠を提示するのは難しいでしょう。
では、どういう証拠が必要なのかというと、動物を捕獲するか(生死を問わず)、死体を発見するか、骨(できれば頭骨)を発見するかが必要となるでしょう。こういった証拠ならば確実に判定ができます。ただし、野生動物の捕獲は鳥獣保護法で基本的に禁じられていますので、行政当局との事前の交渉が必要となります。しかも、最高レベルの希少動物ですので簡単に許可が降りるとは思えません。
ニホンオオカミでもツチノコでもその他いろいろな謎の動物でも、このような確実な証拠が無ければただの「珍事件」でしかないわけです。今回の事件もそういったもののひとつになってしまいそうです。


参考文献

絶滅野生動物の事典
著:今泉忠明(いまいずみ・ただあき)
発行:東京堂出版
価格:2900円
初版発行日:1995年9月30日
ISBN4-490-10401-4

今泉氏は他にも絶滅動物のことを書いた本を書いていますが、内容はどれも似たようなものです。


追記

このニホンオオカミ事件、そしてニホンオオカミについて、雑誌の取材でいろいろ調べてみたのですが、調べれば調べるほど複雑な背景があることがわかってきました。ニホンオオカミについては簡単に説明できないことがとてもたくさんあるのです。この「事件」をどう記事にまとめればいいのか、非常に困惑しています。いったいニホンオオカミとはどんな動物なのか? そして、あの写真の動物はいったい?

上記の文章を書いた時は、何か続報があることを期待していたため、かなりおおざっぱな書き方になっています。今読み直すとあまりいい内容ではありませんね。手元の資料だけで書いているので仕方ないのですが。しかし、書いたものには責任は持ちますので、削除はしません。

今から書こうとしている雑誌記事では、新聞などでは語られることのない、ニホンオオカミについての論点を書くことになるでしょう。ただ、あまりにも専門的、広範囲すぎるため、すべてを書ききることは難しいです。内容を整理して、わかりやすくなるように書くつもりです。雑誌は4月発売予定。興味がある方は是非ご覧ください。

(2001年2月4日)

EXTRA 4(2001/6/3)「季刊Relatio」連載「動物事件の読み解き方」補足
 第4回 ニホンオオカミ目撃騒動


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