Vol. 139(2002/8/25)

[今日の事件]多摩川にアゴヒゲアザラシ出現!

あのアザラシは人間が放した?!

8月7日、多摩川で撮影されたアザラシの映像がテレビで紹介されました。私は翌日にその話を聞いたのですが、「イタチかタヌキが泳いでいたのでは?」とその時は思いました。こんな所にアザラシがいるはずがないからです。しかし、その後、新聞でも写真付きで紹介され、確かにアザラシであることがわかりました。このアザラシにはいつの間にか「タマちゃん」という名前までつけられていました。
アザラシが見られた場所は、大田区田園調布近辺です。丸子橋を中心に、上流は調布取水堰、下流は東海道新幹線鉄橋までの間で見られたそうです。テレビでの放映がきっかけとなり、付近には見物客が集まって来るようになりました。ちょうどお盆の週と重なったためでもあったようです。雑誌の記事によると、14〜16日の頃の様子らしいのですが、朝から数百人が詰めかけていたようです。ある記事では1000人とも書かれていました。また、17日(土)は付近で花火大会があったためかなりの人が来たようです。しかし、17日は朝からアザラシは目撃されませんでした。19日には台風の接近で増水し、水も濁ってしまいました。17日以降の目撃はまったく無く、現地は以前の静けさを取り戻したようです。

このアザラシについては、国土交通省関東地方整備局・京浜工事事務所のホームページでもライブ映像で紹介され(河川の水位を監視する無人望遠カメラを利用した)、ミラーサイトをたてるほど非常に多くのアクセスが殺到したそうです。

このアザラシはアゴヒゲアザラシという種類です。
成体の体長は2.5mにもなり、子どもでも平均1.3mもあります。今回目撃されたアザラシは体長1〜1.5mほどとの報告もあり、明らかに子ども、おそらく今年生まれたばかりの子どもです(出産は3月中旬〜5月初旬)。どうも、マンガの影響でアザラシは小さいものと思っている人は多いようですが、海洋性のアザラシは小型種でも成体は人間並みの大きさがあります。ゴマフアザラシの子どもでも80cmはあり、かなりの大きさです。
アゴヒゲアザラシの生息場所は主に北極海です。日本付近ではオホーツク海近辺にいます。基本的に海氷とともに移動するので、春から夏にかけては南下する種類ではありません。しかし、海氷から離れた場所で見られたり、川をさかのぼることもあったりするようです。
ここまで書いたようなことはマスコミでも報道されていることです。


多摩川の問題の動物が本当にアザラシであることを知ったとき、私は瞬間的に「このアザラシはどこから来たのか?」と考えました。ひょっとしたら、このアザラシは人間が放したものではないか、と思ったからです。
もし、人間が放したのだとしたら、次のようなシナリオが考えられます。

北海道近海で、アゴヒゲアザラシの子どもが漁網に混獲された。たまたまそのことを知った人が珍しがり、関東まで連れ帰る。とりあえず浴槽で飼うことにするが、大きいし、力も強いので飼いきれなくなった。そこで多摩川に放した。

これは想像の域をでなませんが、あり得る話ではあります。
「放獣説」「漂流説」の両方から検証してみましょう。

[放獣説]
・寒流に乗ってやって来たとしても、寒流は関東南岸までは到達しない。これが東北の話なら漂流説にも納得できるのだが。
・東京湾は非常に奥行きのある湾。その最も奥までわざわざやって来るか?
・子どもにそれだけの遊泳力はあるかの?
・確率論的に考えると、人間が放したと考えた方が確率は高いのではないか。現在のペット愛好熱の過激さを考えると、アザラシを飼おうとする人がいても不思議ではない。
・業者が飼育・放した可能性もある。

[漂流説]
・アザラシは遊泳力がある。
・本州以南でもアザラシの目撃例はまれにあり、泳いで来た可能性も完全に否定はできない。(九州での目撃例もあるらしい)

こう書くと、放獣説の方が有利なようですが、専門家はそう考えないようです。アザラシがまれに南方で目撃されるのは事実だからです。それでも私は放獣説を主張します。やはり確率的にその方が可能性が高いからです。アザラシを飼うなんて信じられない方は多いでしょうが、ワニやナマケモノ
を飼う人さえいるのです。アザラシの可愛さにだまされて飼ってしまう人がいてもおかしくはありません。多摩川に連日数百人が詰めかけた異常事態からも、アザラシに関心を持つ人が潜在的に多いことが想像されます。
マスコミ報道では「ほのぼの」とか「珍獣出現」という取り上げ方をしていましたが、私に言わせればこの事件の本質は「行き過ぎたペットブーム」なのです。


ところで、行政当局などに対して、「アザラシを保護して」との連絡が相次いだとも言われていますが、野生のアザラシ(アザラシに限らず哺乳類、鳥類すべて)を許可なく捕獲することは鳥獣保護法違反となります。アゴヒゲアザラシは特に保護すべき動物でもありませんので捕獲する必要性はありません。例外的に捕獲できる方法のひとつは「有害鳥獣駆除」あるいは、漁網を破るなどの漁業被害が発生した場合ですが、このアザラシは人間に危害を加えたわけではありませんし、漁業被害もありません。よって、アザラシを捕まえる理由はまったくないのです。国土交通省関東地方整備局・京浜工事事務所では捕獲・保護の検討もしていたそうですが、希少種でもなんでもない動物をどういう法的根拠で捕獲しようとしたのでしょうか。そもそも、河川は国土交通省の管轄だとしても、動物は管轄外のはずです。
「珍獣=保護」と考えるのは非常に短絡的な考え方です。野生動物がそこで生活しているのなら、そのままにしてあげるのが本当の自然保護なのです。


参考文献
「海の哺乳類 FAO種同定ガイド」著:トマス・A・ジェファソン他、発行:NTT出版


[いきもの通信 HOME]