いきもの通信 Vol.165[今日の事件]タマちゃん捕獲未遂事件 

Vol. 165(2003/3/16)

[今日の事件]タマちゃん捕獲未遂事件

[ON THE NEWS]
2003年3月11日午前6時頃、横浜市西区の帷子(かたびら)川で、「タマちゃんのことを想う会」とアメリカのNPO「Marine Animal Lifeline」の計約40人がアゴヒゲアザラシ(通称「タマちゃん」)の捕獲作業を開始した。当時現場にタマちゃんもいたのだが逃げてしまい捕獲は失敗した。この捕獲作業は、神奈川県横浜治水事務所に「河川状況を調べるため」と目的を偽って行われた。
14日、神奈川県は同会代表を事情聴取し、漁具・漁法を制限した県海面漁業調整規則違反であるとして厳重注意した。
16日、同会は帷子川でタマちゃんのためにえさのホタテなどをまいた。神奈川県横浜治水事務所は事前に中止を要請していたため、この時も止めようとした。さらに、多くの人が集まったため、現場ではちょっとした騒ぎになった。
(3/17追加)17日午前も、同会のメンバーらしき人がえさをまいた(同日、日本テレビ「ザ・ワイド」)。
(SOURCE:朝日新聞(東京版)、NHKのニュース番組などソース多数)

[EXPLANATION]

今月はこの「いきもの通信」でもタマちゃんのことを集中して取り上げていたところだったのですが、タイミング良くこのような事件が起こってしまいました。今回の事件については非難の声が多いようですが、一方で捕獲・放流の方が適切だという考えの人もいます。
この事件についてはいろいろなことが書けるのですが、今回はいくつかの観点から事件を分析をしてみることにします。そして、最後にひとつの提言をしたいと思います。次回(来週)ではその提言についてより詳しく説明することにします。

*用語について

以下では「ストランディング(stranding)」という言葉を多用します。「ストランディング」は「座礁」という意味で、クジラ・イルカが海岸に打ち上げられた状態を一般に指します。広い意味では、死体の漂着、ケガをした海棲哺乳類、油まみれの海棲哺乳類も含み、タマちゃんのように本来の生息地から遠く離れてしまった海棲哺乳類の状態も含みます。

・Marine Animal Lifelineについて

Marine Animal Lifelineのホームページはhttp://www.stranding.org/です。
この団体について、そしてアメリカでのストランディング事情について、私が知っているわけではないのですが、手元の資料などから推測してみます。
アメリカには「合衆国海棲哺乳類保護法」という法律があり、ストランディングの対処もこの法律に基づいて行われます。管轄は国立海洋漁業局(NMFS)で(一部の種は合衆国魚類野生動物庁の管轄)、ストランディング救出の許可はここが出します。アメリカ各地には「ストランディングオペレーションセンター」があり、ストランディングに常時対応できる態勢になっています。オペレーションセンターは水族館や研究機関など専門家によって運営されています。ただし、実際の作業を行うのはNPOや警察、行政機関などさまざまです。オペレーションセンターの役目は、それらをコーディネートすることにあります。
「Marine Animal Lifeline」は実際の作業を行うNPOのひとつと思われます。アメリカではこのNPOもオペレーションセンターの監督の元で作業を行っているはずです(でなければ違法団体になってしまう)。
「Marine Animal Lifeline」は年間数百件の実績があるということですが、そのほとんどはクジラ・イルカの座礁事件であるはずです。アシカ・アザラシの件数は少ないと思われます(これは報道だけではわからないことでしょう)。また年間数百件というと、アメリカで発生しているストランディングの大半に関わっているのではないかと思われます。日本の場合、ストランディングは年間100〜200件発生しており、そのほとんどがクジラ・イルカです。アメリカは国土が広いとしても、日本よりストランディングが頻発しているとは思えません。件数は日本の数倍程度ではないでしょうか。
この団体については不明なことばかりなので、ここでは評価は控えたいと思います。マスコミの取材を期待することにしましょう。

・「タマちゃんのことを想う会」について

この団体はホームページは持っていないようですね。
タマちゃんにえさを与えようとし続けていた、という点であまりレベルの高くない団体だな、ということがわかります。今どき野生動物にえさを与えるなんて、まともな自然環境・野生動物関連団体ならやりません。
なぜえさを与えてはいけないのかについては「Vol. 101 動物にエサをあげてはいけません!」をご覧ください。
それと、3月16日NHK総合の夕方18時45分からのニュースでこのえさやりの様子が報道されましたが、カメラの目の前でホタテを投げ込んでいる様子が紹介されていました(その後の騒ぎの様子も)。あのー、NHKはじめ各テレビ局のみなさん、こんなことをしているとまるで「想う会」を支持しているように見えますよ。えさやりを直ちに止めるべきでしょ? 傍観者をきめこまないでください。

・違法行為について

今回の事件は「違法行為」ではなく、正確には「触法行為」とでも言った方がいいでしょうか。野生動物を許可なく捕獲すれば「鳥獣保護法違反」のはずなのですが、実は海棲哺乳類はこの対象外なのです。なぜかというと、海の生き物は水産庁あるいは都道府県の漁業部門の管轄だからです。ですから、「違法」にはならないのです。ただ、許可のない海産物の捕獲は漁業権とも関わってくるはずなので、好き勝手にやっていいことではないのは確かです。県の指摘では「県海面漁業調整規則違反」ということだそうです。
この時点では違法ではないものの、将来も合法というわけではありません。4月16日から、改正された鳥獣保護法が施行されます。この改正法では、許可なく捕獲できない動物としてアザラシ、ジュゴンなどが新たに加わります。今回の捕獲をしようとした「想う会」はこのことを知っており、施行前のこの時期に行動を起こしたというコメントが報道されています。こういった法律事情を知ってやっているわけですから悪質なやり方と言われても仕方ありません。

・違法行為をするべきなのか?

違法とわかっていてもやるべきなのかどうか。やると決断するには相当な覚悟が必要です。結果がどうあれ、違法行為に対しては非難の声が上がるのは必至だからです。一般の人にとっては、無茶なことをする危険で狂信的な団体と見なされかねません。その結果、他の自然保護団体も同一視されてしまうおそれがあり、取り返しのつかない多大な迷惑をかけることになってしまうでしょう。やはり、やってはいけないことだと私は思います。

・世論は味方になるか?

「想う会」にとって誤算だったのは、世論が賛成してくれなかったことでしょう。以前なら「捕獲・放流」になんとなく賛成したような人でも、この事件のせいで反対に回ってしまったと思われます。
ただ、この作戦がもし成功していれば喝采を浴びたかもしれません。世論は本当に紙一重だと思います。
ストランディングの対処には世論の賛同が欠かせないのは事実です。ですから、何らかの対処を行う場合は、専門家の見解の発表、作業手順の公開、専門家の立ち会いによる作業、といった情報の公開が必須になります。今回の事件ではこれらが完全にすっ飛ばされたようです(専門家の意見を求めたらしい様子はある)。これでは誰も納得しないでしょう。
しかもややこしいことですが、世論がいつも正しいとは限らないというのも事実です。ですから、まずするべきことは専門家の話を聞くことです。それをするのがマスコミの仕事です。この仕事を怠ったマスコミも非難されるべきなのです。

・誰がタマちゃんの処遇を決定すべきか?

少なくとも「想う会」ではありません。
それを任せることができる条件は、

 ・専門家による意見が反映されること
 ・決定の過程、タマちゃんに関わる作業について、公開が保証されること

この2つを満たすのでなければ任せられません。
私が「アゴヒゲアザラシに関する連絡会」に対してとりあえず文句を言わないのは、以上の条件を最低限満たしているからです(若干の不満がないわけではないが)。

・議論の前提

ストランディングについて議論をするにあたってはいくつかの前提があります。これらをふまえて議論しないとただの堂々めぐりになってしまいますので、必ず頭に入れておいた方がいいでしょう。

まず最初の前提は、「動物が何を考えているかはわからない」ということです。例えば、今回の一連の騒動では、「タマちゃんはこの場所が気に入っている」「タマちゃんは北の海に帰りたがっている」「タマちゃんはひとりぼっちでかわいそう」といった声があちこちから聞こえてきますが、人間にアゴヒゲアザラシの気持ちがわかるはずがないということを忘れているのではないでしょうか。「タマちゃんの気持ち論争」は終わりの無い言い合いになるだけで、何の成果ももたらしません。このような議論は避けるようにしてください。

次に、近年のストランディングへの対処法は「本来の生活環境に戻す」というのが原則になっていることです。
一見わかりやすそうな原則ですが、細かく突き詰めると微妙な判断になることもあります。今回のタマちゃんはまさにその好例です。東京湾は明らかにアゴヒゲアザラシにとって「本来の生活環境」ではありませんが、自力で帰る可能性も否定できないため、人間が手を貸す必要があるかないかについては専門家でも意見が分かれると思います。
また、救出することになったとしても、そのために必要なさまざまな資源(リソース)、例えば機材、訓練された人員、輸送手段などといったものも考慮し、最も適切な手段を選ばなければなりません。資源が十分ではない場合は「何もしない」という選択肢も考えられるのです。また、動物が極端に弱っていて回復が見込めない場合は、安楽死という選択もありうるのです。

原則をもう一つ挙げるとすれば、「動物の心身への負担は最小にする」ということでしょうか。身体的負担はまだわかりやすいのですが、精神的な負担を計量する客観的な基準はありませんので、これまた議論のある問題です。ただ、近年の動物愛護の潮流からも無視できるものではありません。

野生動物は共有の財産である」ということも、当たり前ですが忘れてはならない前提です。野生動物は個人の所有物ではありません。タマちゃんは「想う会」の私物ではありません。横浜市西区の持ち物でもありません。何とかしなければ、と思ったとしても、無断で行動を起こすことはできないのです。

最後の前提は、「専門家の話を聞こう」ということです。
はっきり言って、素人がああだこうだと言っても何も解決しないのです。まずは皆さん、専門家の話に耳を傾けましょう。できればいろんな専門家の話を聞きましょう。
今回残念なのは、専門家の話がなかなか聞こえてこないことです。これは、先ほども書きましたが、マスコミがさぼっているからです。マスコミは論拠の薄い情報を伝えるのではなく、専門家から詳しく話を聞き、ていねいにそれを伝えるようしなければなりません。
一方で、専門家も発言する努力をしてほしいと思います。正しい情報を広く伝えるのは専門家の義務だと思ってほしいのです。世論を説得できるのは専門家だけなのですから。
昨年夏の騒動の時も、専門家の見解がきちんと伝えられていればあんな馬鹿騒ぎにはならなかっただろうに、と私は思っています。


提言

今回のタマちゃん騒動のような騒ぎは、これからも全国各地で繰り返されることでしょう。アザラシだけではなく、クジラ・イルカでも同様のことが起こる可能性があります。
今回の一連の騒ぎで明らかになったのは、海棲哺乳類のストランディングについて、責任を持って対処する組織が日本には無いということです。もしこのような組織があれば、騒ぎが異常に拡大することもなかったでしょうし、世論の賛同を得つつタマちゃんを適切に処遇することもできたでしょう。

そこで、私は海棲哺乳類のストランディングに対処できる組織の創設を提言します。実はこのような組織は、現在でも部分的に機能しているのです(国立科学博物館)。現状をより拡大し、さらにしっかりした組織を構築していく必要があるのではないかと思うのです。

次回は、アメリカでの例を紹介すると共に、このストランディング対応組織について具体的な提言をしたいと思います。


[いきもの通信 HOME]