いきもの通信 Vol.174[今日の事件]ある女優への「消滅宣告」/ヘビが小鳥を襲う、その時どうする? 

Vol. 174(2003/5/18)

[今日の事件]ある女優への「消滅宣告」

ヘビが小鳥を襲う、その時どうする?

4月下旬から突如マスコミの注目の的となった「白装束集団」ですが、ようやく騒ぎもおさまったようです。騒ぎの発端は「タマちゃんのことを想う会」と「白装束集団」との親密な関係が週刊誌で紹介されたことですが、一連の騒ぎの中で「白装束集団」の中心人物がある女優に対して「消滅宣告」していたということも報道されました。「消滅宣告」とは暗殺命令のような物騒なものではないようですが、脅迫めいたものを感じてしまいます。

この女優は、農業を実践しながら生活していることで有名な方で、「自然派」と呼ぶにふさわしい人です。2000年、彼女は雑誌「正論」にあるエッセイを書きました。私はその文章を読んでいませんが、こういう内容だったようです。


彼女(または彼女の家族?)が庭に巣箱をかけた。そこにシジュウカラが巣を作ったが、ある日、ヘビが巣箱を襲おうとしていた。彼女の父はシジュウカラを助けようとしたが、彼女は止めた。ヘビの行為は自然界のバランスのためにも必要なことなのだから。


このエッセイについては、当時も読者からの賛否があったようで、そのあたりのことはその雑誌のホームページで読むことができます。

このエッセイの内容が「白装束集団」の中心人物には気に入らなかったようで、それが「消滅宣告」につながったようです。「悪魔の心」の持ち主と断罪し、このような風潮が少年犯罪を誘発している、と書いたそうですが、オリジナルの文書を見たわけではありませんので詳細は不明です。この中心人物は動物好きだそうで、ハエにも名前を付けて飼っているという話も伝わってきます。

さて、最近も「ケガをした動物を助ける・助けない?」ということについて書いたばかりですが、今回の話もこれに似た微妙な問題です。話を単純化して考えてみましょう。
あなたが林を散歩していたとします。木にシジュウカラの巣があって、そこをアオダイショウが襲おうとしていました。巣にはヒナもいます。さて、あなたはどうしますか? シジュウカラを助けますか? それとも何もしない?

ヘビも動物ですから何かを食べなくてはなりません(しかもヘビは生きている動物しか食べない)。ですから「なにもしない」という選択は妥当と私は思います。
「助ける」という選択、その気持ちも理解できないものではありません。しかし、冷静に考えてみてください。シジュウカラを助ける場合、シジュウカラ=善、アオダイショウ=悪という図式になってしまいますが、なぜアオダイショウが悪者扱いされるのでしょうか? 悪者の定義は? 逆に、シジュウカラが幼ヘビを食べる場合はシジュウカラは悪者になるのでしょうか? もし、ヘビがネズミを襲おうとしている場面でもネズミを助けるのでしょうか? アオダイショウはいったい何を食べれば残酷ではないのでしょうか?
こういう場合はOK、ああいう場合はダメ、という基準をあなたははっきりと持っているでしょうか? 「弱い動物は助ける」「かわいい動物は助ける」という基準では「弱い」「かわいい」の厳密な定義ができるわけではなく、非常に複雑な基準になってしまいます。

結局のところ、「自然界の事象には手を出さない」というのが最も単純なルールであり、自然界を守る最も妥当な方法だと私は思います。
ただ、それでも動物を助けてもいい例外はあるでしょう

例外1 希少動物
襲われているのがトキのヒナだったら、そりゃ助けるべきでしょう。動物を絶滅の危機に追いやったのは人間ですから、責任を持って保護するべきでしょう。ただ、これも「希少動物」の厳密な定義が難しいという問題はあります。

例外2 飼育動物
ペット、家畜が襲われているならば、飼い主は守って当然です。飼育動物は所有者のものであり、それを守るのはなんの問題もありません。

これら例外の場合でも言えることは、アオダイショウは殺すべきではない、ということです。アオダイショウがかわいそうだから殺してはいけないのではありません。「自然界には手を出さない」がルールだから、というのが主な理由ですが、それだけではありません。アオダイショウを殺したところで、遅かれ早かれまた別のアオダイショウがやってくるので、現実問題としてあまり意味のない防御方法だからなのです。アオダイショウの侵入を防ぐ方法を考えた方がよっぽど効果的なのです。

以上のような明快なルールがあっても、それでもグレーゾーンは残ってしまいます。上の想定例ではわざと回避していたのですが、これが「人間がかけた巣箱をアオダイショウが襲う」という場合はどうでしょう。まさに女優のエッセイに書かれていた状況です。巣箱をかけた人間が責任を持つべきなのか、それでもシジュウカラは野生動物なのだから手を出さない方がいいのか。軒先に巣を作ったツバメの場合はどうでしょう。あれこれ考えるとグレーゾーンはけっこう広いものです。こういった場合は助ける・助けないの判断は難しく、どちらかが正しいとは言いにくくなるものです。私なら、グレーゾーンのほとんど場合でも「手を出さない」という選択をすると思いますし、女優の選択も正しいと思います。論議はあるかもしれませんし、それも当然なのですが、「消滅宣告」は明らかにやりすぎです。

「白装束集団」に話を戻しますと、その代表者は動物に対する慈愛と人間界の現象を結びつけたかったようですが、このようなたとえはあまり意味が無いことに気付くべきでしょう。自然界においては食べる・食べられるというのは通常の現象であり、そこには倫理とか道徳とか宗教的心情をあてはめることは不可能であり、無意味なのです。倫理・道徳・宗教とはあくまで人間界のルールであることを忘れてはいけません。こういうことは、十分に思索し、修練した宗教家ならば理解していることではないかと思うのですが、「白装束集団」代表者はまだその境地には達していないようです。


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