Vol. 198(2003/11/2)

[今日のいきもの]人間によって衰退しつつあるカメという動物

今年はカメ泥棒事件がいくつもあり、マスコミでも取り上げられました。「いきもの通信」でも先日書いたのですが、事の重要性がちゃんと伝わっているか心配で、もう一度取り上げることにしました。
今年のカメ泥棒事件は、「窃盗」だけが問題になっているのではありません。盗まれたカメはワシントン条約で指定された希少動物であることこそが事件の本質なのです。このことを説明するために、まずはカメ全体の概論から始めましょう。

まずは、「カメ目」の分類を見てみましょう。

ヨコクビガメ科  
ヘビクビガメ科  
カワガメ科 カワガメのみ1種
ドロガメ科  
スッポン科  
スッポンモドキ科 スッポンモドキのみ1種
ウミガメ科 アカウミガメ、タイマイなど
オサガメ科 オサガメのみ1種
カミツキガメ科 カミツキガメ、ワニガメのみ2種
オオアタマガメ科 オオアタマガメのみ1種
バタグールガメ科 二ホンイシガメ、クサガメなど
セイヨウヌマガメ科 ミシシッピアカミミガメなど
リクガメ科 ガラパゴスゾウガメ、ホウシャガメなど

※バタグールガメ科とセイヨウヌマガメ科は、以前は「ヌマガメ科」1つにまとめられていました。今ではこの2つに分ける説が有力です。進化の系統をたどってみると、リクガメ科との分岐ともからんでくることがわかってきたため、このようになったようです。

カメ目には約300種が含まれています。その内の半分ほどがバタグールガメ科とセイヨウヌマガメ科に属しています。カメの中ではこの2科が最も繁栄していると言えるでしょう。陸上でも水中でも生活できる半水棲の生活様式は環境への適応度が高いということでしょう。私たちにおなじみのミシシッピアカミミガメ、イシガメ、クサガメもこのグループです。

カメは約2億年前、中生代三畳紀にはすでに出現していました。爬虫類の中でも古いグループです。その当時から現在のカメと同じような甲羅を持っていたことが化石からわかっています。甲羅を持つようになった過程は、化石がないため現在もわかっていません。
このようにカメの歴史は長く、淡水、海水、陸上とさまざまな環境に進出していきました。しかし、カメは大繁栄したこともないグループでもあります。甲羅による防御度が完璧ともいえるものだったため、無理に数を増やす必要性が薄かったのかもしれません。
その結果、長い歴史の中で見てみると、現在は衰退傾向にあるグループと言わざるを得ない面もあります。特に近年は、人間による捕獲、人間による生活環境の破壊・改変の影響が大きくなっています。

絶滅の危険度を示す指標として、ワシントン条約とIUCNレッドリストがあります。今回はワシントン条約に記載されているカメについて紹介しましょう。
ワシントン条約は日本語で正式には「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」といいます。英語では「Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora」であり、略して「CITES」(サイテス)と呼ばれます。
ワシントン条約はその正式名の通り、希少動物の国際取引を制限するための条約です。同条約の附属書には規制対象となる動植物種が記載されています。附属書には1〜3の3つがあります

附属書1
絶滅のおそれのある種であって取引による影響を受けており、または受けることのあるものが記載されます。これらの種の取引は、これらの種の存続を更に脅かすことのないよう特に厳重に規制するものとし、取引が認められるのは例外的な場合に限られます。

附属書2
現在必ずしも絶滅のおそれのある種ではないが、その存続を脅かすこととなる利用がされないようにするためにその取引を厳重に規制しなければ絶滅のおそれのある種となるおそれのあるものが記載されます。
また、それ以外の種であっても、取引を効果的に取り締まるために規制しなければならない種も含まれます。

附属書3
いずれかの締約国が捕獲または採取を防止し、または制限するための規制を自国の管轄内において行う必要があると認め、かつ、取引の取締りのために他の締約国の協力が必要であると認める種をが記載されます。

附属書は1、2、3の順に危急度が高い動植物を掲載していると考えてください。
さて、その附属書に記載されているカメのリストは下記のようになります。ただし、附属書3は省略しました。出典はCITESホームページです。附属書のリストはこのページからPDFファイルをダウンロードできます。
日本語版は「トラフィック イーストアジア ジャパン」のホームページ内にあります。ただし、和名については下記の表と一部異なるのでご注意を。

 
附属書1
附属書2
ヨコクビガメ科 マダガスカルヨコクビErymnochelys madagascariensis
オオアタマヨコクビPeltocephalus dumeriliana
ヨツユビヨコクビガメ属全種Podocnemis spp.
ヘビクビガメ科 クビカシゲガメPseudemydura umbrina
カワガメ科 カワガメDermatemys mawii
ドロガメ科
スッポン科 クロトゲスッポンApalone ater
ガンジススッポンAspideretes gangeticus
クジャクスッポンAspideretes hurum
クロスッポンAspideretes nigricans
コガシラスッポン属全種Chitra spp.
インドハコスッポン(アジアハコスッポン)Lissemys punctata
マルスッポン属全種Pelochelys spp.
スッポンモドキ科
ウミガメ科 ウミガメ科全種Cheloniidae spp.
オサガメ科 オサガメDermochelys coriacea
カミツキガメ科
オオアタマガメ科 オオアタマガメPlatysternon megacephalum
バタグールガメ科 バタグールガメBatagur baska
ハミルトンガメGeoclemys hamiltonii
テクタセタカガメKachuga tecta
ミツウネヤマガメMelanochelys tricarinata
ビルマメダマガメMorenia ocellata
アンナンガメAnnamemys annamensis
カラグールガメCallagur borneoensis
アジアハコガメ属全種Cuora spp.
ヒラタヤマガメHeosemys depressa
オオヤマガメHeosemys grandis
レイテヤマガメHeosemys leytensis
トゲヤマガメHeosemys spinosa
ヒジリガメHieremys annandalii
セダカガメ属全種Kachuga spp.
シロアゴヤマガメLeucocephalon yuwonoi
ミナミイシガメMauremys mutica
ボルネオカワガメOrlitia borneensis
ヒラセガメPyxidea mouhotii
ホオジロクロガメSiebenrockiella crassicollis
セイヨウヌマガメ科 ミュレンバーグイシガメClemmys muhlenbergi
ヌマハコガメTerrapene coahuila
モリイシガメClemmys insculpta
アメリカハコガメ属全種Terrapene spp.
リクガメ科 ガラパゴスゾウガメGeochelone nigra
ホウシャガメGeochelone radiata
ヘサキリクガメGeochelone yniphora
メキシコゴファーガメGopherus flavomarginatus
ホシヤブガメPsammobates geometricus
ヒラオリクガメPyxis planicauda
エジプトリクガメTestudo kleinmanni
ネゲブリクガメまたはウェルネリリクガメまたはウェルナーリクガメ(いずれも仮称)Testudo werneri エジプトリクガメから分離された新種
リクガメ科全種Testudinidae spp.

※ネゲブリクガメ=ごく最近登場した種分類であるため、和名はまだ無いようだ。英名では「Negev tortoise」との表記が見られる。「ネゲブ」とはイスラエル南部の砂漠の名前。

科全体や属全体を指定しているものも多いため、正確な数までは調べる時間がありませんでしたが、100種以上が対象になるようです。カメ目約300種の3分の1以上が対象になっているのです。保護に注意が払われなければならないカメがこんなにいるということをまずは認識してください。
海にすむウミガメ科、オサガメ科は特に絶滅のおそれが強い種類です。逆に陸だけにすむリクガメ科もやはり絶滅のおそれがあるグループです。半水棲で比較的繁栄しているバタグールガメ科でさえ、多くの種がリストアップされています。
これらのカメが絶滅の危機に瀕している理由は、食用目的・ペット目的のための捕獲が主なものです。例えば、ガラパゴスゾウガメは大航海時代に長距離航海のための食料として大量に捕獲されました。現在でも、例えばアジアハコガメ属は食用のために大量に捕獲されいます。日本ではぴんとこない話かもしれませんが、中国や東南アジアではカメを食べることは珍しくないようです。

さて、今年のカメ泥棒で話題になったのは主にリクガメ科のカメです。リクガメ科は上記のようにすべてが附属書2です。その中でも特に狙われたのがホウシャガメで、これは付属書1に記載されています。附属書1になると通常は商取引できないため、被害にあうのは研究所や動物園といった場所になります。
リクガメといってもよく知らない人がとても多いと思うのですが、日本は実はリクガメ輸入大国なのです。「CITES Trade Database」(1999)によると、1996年の生きたリクガメの輸入総数は全世界で約53,000頭。その50%以上である約29,000頭を日本は輸入しています(つまり世界一ということです。2位のアメリカ合衆国でも約20%です)。3万頭近いリクガメが輸入されているなんて信じられないかもしれません。が、それだけの需要が日本にはあるということになります。リクガメ料理の話は聞いたことがありませんので、ペット目的のための需要なのでしょう。実際、ペット店や専門店で見られるカメは、ミシシッピアカミミガメやイシガメ、クサガメなどの普通種を除けばだいたいがリクガメ科といっていいでしょう。希少動物がなぜこうも簡単に流通するのか、不思議なほどです。

珍しい動物を飼いたがる傾向は古今東西に見られる現象ですが、経済大国となった日本ではその歯止めがかかりにくい状況になっているのではないのでしょうか。金さえ出せば何でも手に入る、という思考が野生動物にも及んでいるのです。
なぜそれほどまでに珍獣を求めたがるのかは私には理解できません。野生動物は、その本来の自然環境の中にいるべき存在です。絶滅の危機にある動物なら、なおさら慎重に扱わねばならないものでしょう。リクガメのような希少動物は、研究などの公共目的を持たない個人が所有してはいけない種類なのではないでしょうか。
だから、今年のカメ泥棒は単なる窃盗事件ではないのです。生物種の絶滅にもかかわる、とても重い事件なのです。


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