Vol. 213(2004/3/14)

[今日の事件]鳥インフルエンザ・ここまでの経過を見る

これは史上最大の「動物事件」

私は動物事件に関心を持ち、このホームページでもいろいろ取り上げてきましたし、雑誌での連載も持っていました。「動物事件」というとなんとなくのどかな雰囲気を感じるかもしれませんが、死者も珍しくはないけっこうシビアなものです。飼っていた動物に襲われるとか、感染病で死ぬとか、牧歌的なものとはほど遠いものです。そんな動物事件でも、自殺者というのは今までに聞いたことがないように思います。いたかもしれませんが、非常に珍しいケースであることは間違いありません。一連の鳥インフルエンザ騒動では、ついに自殺者が現れることになってしまいました。
このことはさておいても、鳥インフルエンザ騒動が「史上最大の動物事件」となってしまったのも確かなことです。新聞を見ても、1面に頻繁に登場し、社会面、科学面、経済面、政治面、国際面、家庭面、文化面、地域面、とほぼすべての紙面に顔を出しています。過去にこれほど報道された動物事件があったでしょうか。あのタマちゃん騒動でさえ小さく見えるほどの報道量です。
20世紀初頭に大流行した「スペイン風邪」も鳥インフルエンザ由来の「動物事件」だったのですが、当時は感染ルートはわかっていなかったはずなので「動物事件」という認識はされなかったでしょう。今回の鳥インフルエンザ騒動は本当の意味での「最大の動物事件」と言っていいのです。あるいは、西ナイル熱、SARSも含めて「動物由来感染症事件」ととらえることもできるでしょう。

鳥インフルエンザの連日の報道に、なんらかの恐怖を感じる人は多いでしょう。一般の人が知っておくべきこと、やるべきことについては、先日発表された首相官邸の発表文をご覧になってください。

「国民の皆様へ(鳥インフルエンザについて)」
http://www.kantei.go.jp/jp/osirase/tori/040309osirase.html

この発表文の内容は、現時点では妥当なものと思います。この発表文は、小泉首相や福田官房長官が思いつきで書いたものではなく、おそらく専門家の見解を反映している内容です。当面はこれを参考に行動することをすすめます。

さて、鳥インフルエンザについては、以前も書いたように、次にどうなるかの展開が私にも読めません。無責任なことは書けないので、本当は流行が収束するであろう5月以降に総括するつもりでしたが、ここまで騒ぎが広がると無視するわけにもいきません。今回はいくつかのトピックにしぼって、簡潔に解説していきたいと思います。


・なぜすぐに通報しなければならないのか?

京都で発生した鳥インフルエンザでは、養鶏場での感染の報告が遅れたことが批判されています。すぐに行政当局に通報せず、隠そうとした(と推測されている)経営者の行動の何が問題なのでしょうか。
理由は、「感染拡大を防ぐため」ということに尽きます。養鶏場は狭い範囲に多数のニワトリが生きているため、一気に感染が広がる可能性があります。そうすると、人間や野鳥、出荷物などを介して外部に感染が広がるリスクも高まります。また、感染が繰り返されると、より悪性のウィルスに変異する可能性も高まりますし、人間に感染するタイプに変異する可能性も高まります。早め早めに対策をとれば、このようなリスクを最小限に抑えることができたでしょう。この京都のケースでも、即座に対策をとれば、近隣の養鶏場の感染や大阪でのカラスの異常死(カラスなど野鳥への感染)は防げたかもしれません。
「鳥インフルエンザは人間に感染しないから、ニワトリを全数殺処分する必要はないのでは?」という疑問を持たれる方もいるでしょうが、リスクを極小にするためにはやむを得ない処置なのです。ただ、このような処分ができるのは、ニワトリが飼育動物であるからです(「飼育動物」については、「Vol. 155野生動物と飼育動物」をご覧ください)。野生動物についてはまた扱いが別になります。これについては次の項目をご覧ください。
また、「鳥インフルエンザは人間に感染しないから、流通を止めなくてもいいのでは?」という疑問もあるでしょう。これはその通りですが、ウィルスがどのように感染していくのかが疫学的に検証されていない現時点では、出荷には慎重になるべきではないかと思います。


・カラスは危険か?

カラスの死体からウイルスが検出されたために、不安が広がっているようです。東京都には1日あたり200件もの問い合わせがあるそうです。ただ、これも冷静に考えてみましょう。そもそも、東京都内だけでも1日に数百数千の野鳥が自然死してもおかしくありません。また、病死だとしても鳥インフルエンザ以外の病気の可能性もあるのです。カラスの死体があったからといって、本当に危険なのかどうかの見極めは非常に難しいのです。
カラスの死亡事件以後、各地で大量死騒動があったようですが、山形県で74羽のカラスが死んでいた事件では、原因は倉庫内に置いていたネズミ退治用の毒エサを食べたため、埼玉県の養鶏場でウコッケイ(ニワトリの1品種)が約2700羽死亡した事件では、死因はエサを与えなかったための餓死、でした。
放置していいというものでもないが、現実にはすべての死体を分析することは不可能。いったいどうすればいいの?というのは私も思っているところで、ここは専門家の見解を待つしかありません。少なくとも言えるのは、死体、あるいは弱った野生動物を直接さわるのは止めた方がいい、ということです。鳥インフルエンザ以外の感染症のリスクもありますから。

今回の国内の鳥インフルエンザの状況を見ていると、すでに多くの野鳥が感染している可能性も考えられます。世界的に見ても、鳥インフルエンザはあちこちで発生しています。「それならばあやしい鳥は全部殺してしまえ」と考える人がいるかもしれませんが、そうすると世界中のすべての鳥を抹殺しなければ解決しないことになります。まさかそんなことを本気で考える人はいないでしょう。
野生動物は人間が完全に管理できるものではありません。鳥インフルエンザに限らず、野生動物からの病気の感染は避けることができないという前提で対策を立てなければならないのです。これは地震や台風などと同じ自然災害だと考えてください。発生を完全に防ぐことはできない、それならば発生後の感染の拡大をいかに抑えるかが対策の基本的な方向になるのです。

こういう事件の場合、なぜかカラスばかりが取り上げられる傾向が強いのは不思議なことです。カラスは体も大きく、黒いし、人間の近くまで来るためによく目立つと言うのも理由でしょう。これがスズメの死体だったらそう簡単には発見されないでしょう。
鳥インフルエンザはカラスだけに感染するものではありません。カラスだけを危険視すればいいという状況ではないのです。


・「死者数千万人」の根拠とは?

週刊誌などでは、「新型インフルエンザは死者X千万人」とか「感染X億人」とかの見出しで恐怖感をあおるような書き方がされていることがあります。この数字には一応根拠があります。
1918年〜1919年、世界中で「スペイン風邪」という病気が流行しました。約6億人が感染し、少なくとも2000万人(最も大きい数字では6000万人)が死亡したという病気です。当時の世界人口が約12億人ということですから、全人類の半分が感染したことになります。このスペイン風邪も鳥インフルエンザ由来のインフルエンザであったことがわかっています。
これを現在に当てはめてみるとどうなるでしょう。現在の人口は60億人以上。当時の5倍として単純に当てはめるだけでも、感染者は30億人、死者も億の単位になってしまうのです。週刊誌で書かれていることもまったくのでたらめというわけではないのです。
ただ、新型インフルエンザが必ずしもこのような大流行になるわけではありません。もっと小さい流行ですむかもしれません。逆にもっと大流行する可能性もあるでしょう。スペイン風邪当時よりも医療技術や衛生環境は大きく改善しているのは安心できることですが、一方で現在は交通機関が発達しているため、流行が一気に広がる懸念もあります。また、ウィルスの変異によっては症状が重い場合も軽い場合もあるでしょう。
変動要因があまりにも多様であるため、流行の大小は事前にはまったく予測できません。これはもはや確率の問題なのです。
そうだとしても、数年のうちに新型インフルエンザが大流行する可能性が非常に高いのも確かなことです。このことはこの10年ほどずっと指摘されてきたことです。今回の鳥インフルエンザ発生で、次の大流行のリスクも高まってきたと言えるでしょう。いつ、どれほどの規模で発生するかはわかりませんが、発生を前提に行政は対策を準備すべきでしょう。


・何をすべきか?

鳥インフルエンザについては、個人でできることはあまりありません。インフルエンザに限らず、冬季は特に病気の予防に注意を払うようにしましょう、ということになるでしょうか。インフルエンザは小児や高齢者では重症化する傾向がありますので特に気をつけてください。
以下は、もっと大局的な視点からの「やるべきこと」です。

野鳥の調査

渡りや日常の生活行動範囲など、実はわからないことだらけなのです。このような実学的でないとされている研究・調査には、特に最近は予算が割り当てられない傾向が強いようです。しかし、こういうことこそもっとお金を出してほしい分野だと私は考えています。

感染経路の解明

これが判明しないと対策のたてようがありません。来年以降のためにも調べなければならないことです。

行政当局は最悪のケースも想定してシミュレーション(模擬訓練)をすべし

スペイン風邪や香港風邪といった大流行がかつてありましたが、当時はまだ感染の仕組みなどはわかっていませんでした。また、当時とは医療技術や社会状況などがいろいろと変化しています。次に現れる新型インフルエンザは、すべての人にとって未経験の事態と考えるべきでしょう。事前に問題点を洗い出し、対策をたてておく必要があります。特に、地方自治体レベルで真剣に対策を練ることをお願いしたいものです。


鳥インフルエンザについては、5月以降にあらためて総括したいと思いますが、大きな変化などがあれば随時取り上げていきます。


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