Vol. 241(2004/10/17)

[今日の事件]クマ被害相次ぐ

殺せば問題解決か?

今年は各地でツキノワグマの被害が相次いでいます。それぞれの事件については新聞やテレビで報道されていますので、ここでは細かく説明しませんが、10月7日付け朝日新聞によると、今年度の被害は18県73人(少なくとも1件は死亡事故)だそうです。しかもそれ以降にも被害が報道されていますし、これにカウントされていない事件もあるでしょう。はっきりしているのは、今年は特にツキノワグマの被害が多いということです。
ただ、忘れないでほしいのは被害にあう確率の低さです。クマの被害といっても、交通事故件数、交通事故死者数よりもはるかにはるかに少ないのです。マスコミは少々騒ぎすぎているような気がしないでもありません。

さて、被害急増の原因ですが、今年の猛暑や台風被害などで森の中の食べ物が少なくなったことが挙げられています。クマというと、ヒグマがサケを食べる姿が有名だったりで、肉食っぽい印象を与えがちですが、実際は雑食、大半は木の実などを食べる果実食・植物食の動物なのです。食べるものが少なくなって、やむなく人里に下りてきたのではないかと推測されるのです。
原因は他にも考えられます。例えば、なわばりの領域が何らかの理由で人里の方にシフトした、あるいは人間(人家・登山者など)の出す生ゴミ・残飯などに引きつけられた、果樹園に引きつけられた、といった可能性もあります。
クマ被害の原因はその場所・場合によって異なるものと思われますので、一概にこれだと決めつけることはできません。それでも、今年の気象異変との関連は大きいのかもしれません。

それでは、クマに襲われないための対策はあるのでしょうか。山を歩く時は鈴を身につける、ラジオを付けっぱなしにするなどして人間の存在をクマに知らせるというのは一般的な方法です。ツキノワグマという動物は意外と臆病で、普通は人間に近づかない性質を利用した方法がこれです。
ただ、最近の事件ではいきなり人家周辺に出現することも多く、人間を恐れなくなったクマも出てきたようです。いつ、どこに出現するかわからないとなると、もうこれといった決め手はありません。状況によってとっさに対応するしかないのです。遭遇の確率が低いことを信じるしかないでしょう。


さて、ここまではマスコミでも言っている話です。ここからはマスコミがあまり取り上げない話になります。

クマが人家近くに現れたらどうするか。普通は猟銃で射殺されるものだと思われるでしょう。でも、本当に殺してもいいのでしょうか。
ツキノワグマは、九州では絶滅、四国では絶滅寸前、中国地方では個体数が少なく、生息地も限られていることが知られています。そういう場合、殺処分ができるのでしょうか? 絶滅の危機にある動物を殺すのですよ? こういう場合は、さすがに撃ち殺すわけにはいかないでしょう。逆に個体数が十分多い地域もあります。つまり、クマの生息数やその生息環境をよく考慮して対応を考えなければならないということです。
クマを殺さない方法として、「奥山放獣」という方法があります。クマを麻酔銃で眠らせ、山の奥に運んでいって、そこで放すというものです。放す時にはトウガラシスプレーを吹きつけたり、爆竹を鳴らしたりして人間への恐怖感を植え付けます。そうすることによって、人間がこわいものであるということを教えるわけです。この方法はクマを殺さずにすむ方法であり、実際各地でも試みられています。ただ残念なことに、それでも再び元の場所に戻ってくる例が少しあるそうです。そういう場合はまた戻しても同じことになる可能性が高いのでやむなく殺処分するということになるようです。
とにかく、撃ち殺せばOKではない、ということは読者の皆さんにもおわかりいただきたいことです。10月16日付け朝日新聞によると、富山県ではクマの被害者は今年18人で全国最多であること、すでに56頭のクマが射殺されていることが報じられています。被害が多いことは遺憾なことではありますが、射殺されたクマの数もあまりにも多すぎるように思えます。「予防のため」という理屈で、無駄にクマを殺しているのではないかという懸念も感じます。

人間への被害も抑えたい、クマも過剰に殺さない。これらを両立させるには本腰を入れて対策を立てなければなりません。その対策とは、

・都道府県単位での個体群の把握
・対策担当部署を明確にすること
・対策のための手段を前もって勉強し、準備すること

の3点です。
なぜ都道府県単位かというと、「鳥獣保護法(鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律)」関連の許認可は都道府県でやっているからです。つまり、クマ問題が発生して、クマを狩猟(捕獲・殺処分)する場合には必ず都道府県の担当部署が許可を出さなければならないからです(正確には、許可を出すのは都道府県知事)。また、野生動物を保護管理するのも同じ部署ですので、クマ対策を行うのはこの部署が適任ということになります。
その担当部署がクマ問題についてもっとよく現状を把握し、積極的に対策を練り、予防措置を講じ、地域の状態に合わせた対応をすればクマ問題は最小限に抑えられるでしょう。それにはもちろん、市町村レベルでの協力、専門家による生態調査、捕獲チームの組織など外部の力も多いに利用しなければなりません。クマ対策といっても簡単なものではないのです。おまけに、場所によってはサル害、シカ害、イノシシ害、鳥害などもあるでしょうから本当に大変なことでしょう。
このように大変なことに、はたして行政(都道府県)はどこまで本腰を入れているでしょうか。実被害が少ないから、効率が悪いから、とあまり力を入れていないところもあるのではないでしょうか。安直に「射殺すればOK」などと考えてはいないでしょうか。しかし、その程度の安易な対策では人間にとってもツキノワグマにとっても不幸は続くことになるのです。


クマ対策については、この「いきもの通信」でずいぶん以前(5年も前に!)にVol.3で「生かして防ぐクマの害」という本を紹介しています。この本はとても良い本ですのでぜひ参考にしてください。また、同書の著者・米田一彦氏によるNPO「日本ツキノワグマ研究所」のホームページもご覧ください。


[いきもの通信 HOME]