Vol. 264(2005/4/17)

[今日のテレビ]甲虫王者ムシキング〜森の民の伝説〜

今、子供たちの間で流行っているカードゲーム「甲虫王者ムシキング」をご存知でしょうか? 小さな男のお子さんがいる家ではちょっとしたブームになっているかもしれません。以前はポケモン・カードや遊戯王カードが流行っていましたが、今度は昆虫が登場したというわけです。
カードとそのゲームの仕組みについては公式ホームページをご覧ください。
甲虫王者ムシキング公式ホームページ

ムシキングは人間同士で戦うこともできますが、基本的にはゲームセンターなどに置いてあるゲーム機を使って遊ぶことになります。「ムシカード」と「わざカード」を組み合わせて戦うというゲームです。基本的にはジャンケンなので究極の必勝法はないはずです。
このムシキング、一応バックストーリーがあります。

虫たちが平和に暮らす森。そこに妖精の少年ポポが住んでいた。ある日、その森を外国のカブトムシやクワガタムシが襲いはじめる。その背後には怪しい影が動いているらしい。森の平和を守るために戦おう!

というものです。でも、プレーヤーも外国のカブトムシ・クワガタムシを使えるわけですから、このストーリーはなんだか矛盾しています。

さて、このムシキング、先のポケモンや遊戯王にならってか、この4月からテレビ東京系でテレビアニメが始まりました。
甲虫王者ムシキング〜森の民の伝説〜

こちらのストーリーは原作を踏襲しつつもそれをふくらませたものになっているようです。
数年前、森がほろびるのを止めるため妖精ポポの父は東へ向かった。ある日、謎の男パサーがポポの前に現れ、森を破壊していく。そして母は捕らわれてしまう。ポポは森を出て父を追う旅に出るが、パサーが操るコーカサスオオカブトの襲撃にあう。その時、カブトムシが現れコーカサスオオカブトを退ける。ポポの前に小さなカブトムシ「チビキング」が現れ、彼らの旅が始まる。
というのが第1話。
第2話ではサーカス団のなぞめいた少女(ヒロイン)に出会います。彼女が操るのはコクワガタ。そして再びコーカサスオオカブトとカブトムシの戦いが繰り広げられます。

いやあもう、カブトムシが吠えるわ、電撃を放つわ、絶対ありえない動きをするわ(笑)で、完全なファンタジーになってしまっています。

また、夏にはゲームボーイアドバンス用ソフトが発売されます。ムシキングのブームはまだまだ続きそうです。ポケモン並のキャラクター(商品)になるのか注目されます。


さて、このムシキングについての私の意見は複雑です。結論から言えば「あまり勧めたくない」というのが正直なところです。ムシキングをきっかけに昆虫や生物に興味を持ってくれるようになればそれは良いことでしょう。実際、「子どもが図鑑などを読むようになった」という親の喜ぶ声もあるようです。ただ、ムシキングに登場するのはカブトムシ、クワガタムシだけです。これは昆虫の中でもごく一部分のものでしかありません。昆虫類の中に甲虫目があり、甲虫目の中にコガネムシ科とクワガタムシ科があり、コガネムシ科の中にカブトムシ類がいるのです。カブトムシというのはコガネムシやカナブン、ハナムグリと同じグループの一部でしかないのです。昆虫には他にもチョウやトンボやハチ、アリ、セミ、バッタ、カマキリ…と無数の種類がいるのです。そういった昆虫たちにも目を向けるようになればいいのですが、カード集めだけに夢中になっては意味がありません。
また、カードゲームは架空の世界のものです。子供たちにはカブトムシやクワガタムシもポケモンと同じような、非現実的なものに映っているかもしれません。確かに、都会の子供たちが実際に手にすることのできるカブトムシやクワガタムシはほとんどないでしょう。なにしろカブトムシ・クワガタムシは夜行性ですから、それを探すのはなかなか難しいです。都会に生息するのもカブトムシ、コクワガタ程度ではないでしょうか。カブトムシも飼っていたものが脱走したものかもしれません。むしろ、カブトムシ・クワガタムシはお店で売っているもの、という認識が強いでしょう。
また、このゲームではいろいろな非現実的な「技」が登場します。例えば「ドラゴンアタック」とか「トルネードスロー」とか「サブマリンアタック」とか、勇ましい名前ですがどれも非現実的なものばかりです(笑)。本物のカブトムシ・クワガタムシの戦いというものは、もっと単純というかぎこちないものです。私はアスキーで「マルチメディア昆虫図鑑」や「マルチメディア カブトムシ・クワガタムシ図鑑」の編集・ディレクターを担当しましたから、そういう戦いのビデオもいろいろと見ています。なかなか絵にならない戦いばかりなのでビデオ編集に苦労した覚えがあります。
そもそも、カブトムシやクワガタムシは見かけほど好戦的なものではありません(一部、好戦的な種類もいますが)。カブトムシ・クワガタムシは樹液を食べる、つまり植物食の昆虫です。哺乳類でいえばウシやシカにあたる位置付けと言えます(その意味ではムシキングは闘牛を模しているといえるかもしれません)。カブトムシ・クワガタムシが戦うのは、樹液の場所を取りあう時、あるいはメスをめぐって戦う時のいずれかに限られているといっていいでしょう。何の意味もなく戦うような昆虫ではないのです。実際にカブトムシ・クワガタムシを戦わせてみようとすると、なかなか組み合わないので困ることになるでしょう。それが彼らの性質というものです。もし戦わせようとするなら、昆虫ゼリーなどの食べ物を置いたり、メスも置いたりといった工夫が必要になります。
というわけで、ムシキングは子供たちに「カブトムシ・クワガタムシは好戦的」という誤解を与えてしまっているのです。さらに「すごくかっこいい技を使う」といった大きな大きな誤解を与えている可能性もあるのです。

(「クワガタムシは場合によって動物食をすることがある」などという細かいツッコミはやめてください。そういうことは私も承知していますし、チビクワガタのように主に動物食の種類もいます。ですが、全体的にはカブトムシ・クワガタムシは植物食昆虫のグループと見なしてしまっていいでしょう。世の中には厳密な動物食・植物食というものはかなり少ないはずです。パンダだって笹ばかり食べているわけではありませんし、ウシに肉骨粉を食べさせたりもできるわけです。上記パラグラフの趣旨は「本来好戦的でない」ということですので、的外れなツッコミはしないようお願いします。2005/6/5追記)

ムシキングの最大の問題点は、海外のカブトムシ・クワガタムシを扱っていることです。現在、海外のカブトムシ・クワガタムシが日本の野外で発見されたり、国内種と国外種のハイブリッド(交雑)が確認されたり、と生態系に影響を与えそうな事態が発生しています。いずれは外来生物法でも議論にされることが確実でしょう。これらはそういう存在なのです。
ムシキングでは、形式上は「外国のカブトムシやクワガタムシはいてはならない存在」という建前なので、今のところうるさい自然保護派の攻撃は受けていないようです(多分)。しかし、カブトムシ・クワガタムシは毎年多量に輸入され、専門のショップ(ネット上の店舗も含む)に行けば簡単に購入できます。といっても数千円から数万円はしますので子どもには買いづらいものです。ただ、このブームに目をつけた大人たちがさらに多量に輸入するようになっては悪循環です。これは国内の生態系だけの問題ではありません。原産地で多量に採集することで、現地の生態系のバランスをくずすリスクもあるのです。


あー、ちょっと今現在いろいろといそがしくて、うまく論をまとめられません。でも私がムシキングを歓迎していないのはおわかりいただけたのではないでしょうか。
ちなみに、テレビのコマーシャルによると、ラジコンで動くカブトムシのおもちゃも発売されているようで、ますます変な方向に行くのではないか心配です。生物を人間が操作できるという誤解を与えそうです。
とりあえず、テレビのムシキングは最後まで見届けるつもりですが、ブームが変な方向へ行かないよう監視を続けるつもりです。

とにかく、
私は子供たちに言いたい。
「本物の虫をつかまえようぜ!」
と。本物に勝る体験はありません。
都会には昆虫がいない? そんなことはありません! 私の本を読んでみてください。それにこういう観察法もあります。
もちろん、ハチやカメムシなど捕まえると危険なやつらもいます。そういうのは大人や専門家に教わりましょう。子ども向け自然観察会などに参加するのもいいでしょう。
とにかく、外で遊べ、子供たちよ!
(でも外遊びは犯罪に巻き込まれる可能性が取りざたされる現在の日本の社会状況が悲しいです。)


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