Vol. 334(2006/9/17)

[今日の事件]直木賞作家の「子猫殺し」事件・その2

例の「子猫殺し」について、マスメディアあるいはネットで様々な意見が出されています。
私の意見は前に書いた通りですので繰り返しませんが、そもそも動物虐待は日本では犯罪、違法行為であるということは動かせない事実です。坂東氏は国外でとはいえ、虐待行為を行っているのですから、これはほめられた行いとは言えません。そしてこれを擁護するのは犯罪者を擁護することと同じ意味になることは再度指摘しておきます。坂東氏の反論あるいは擁護の意見がこのことを完全に素通りしているのは理解できないことです。
今回は坂東氏の反論あるいは坂東氏を擁護する意見に対して、私の意見を述べてみましょう。


「人間はたくさんの家畜を殺しているではないか。猫を殺して何が悪い」という意見に対して

一般論として、人間が持つ感情や考えというのは歴史的事情、社会的事情、個人的事情などが複合的に影響しています。そして、それぞれの考え方を全否定することはできません。これが「思想の自由」です。
ただし、実際の行動については無制限というわけにはいきません。殺人や強盗が無条件で許されるようでは社会が成り立たないからです。そこで、法律という共通のルールが必要になります。現代日本の法律はある日勝手に現れるものではなく、議論を経て成立するものですから尊重されるべきです。動物愛護法もここまで来るには長い時間が必要でした。動物愛護法も当然尊重されるべきでしょう。内容にはまだ不備な点もあり、不満を持たれる方もいることは知っていますが、現在では動物虐待が罪であることは法律上否定できないことです。
今回の「子猫殺し」は動物虐待であることは明らかです。これは犯罪です。
一方、畜産動物を食用目的で殺すことは犯罪ではありません。動物愛護法では畜産動物は対象から除外されています。食用という目的ならば、それは社会的に正当な理由と認められているということでもあります。
法律上の扱いが違うのですから、子猫殺しと畜産動物を同じように取り上げて比較するのは見当外れなのです。
また、法律を持ちだすまでもなく、畜産動物は人間の社会に必要とされていることであり、ネコを殺すことには必要性・必然性がないことからも同じレベルで比較するのは論理的でないと言えます。


「日本では毎年多数のイヌ・ネコが殺処分されている。数匹のネコを殺しても大したことはない」という意見に対して

殺処分されているイヌ・ネコがいることは事実です。しかし、それが容認されていることかというとそうではありません。行政は殺処分の数を減らそうといろいろと考えています。また、動物愛護関係者たちもそのような不幸な動物たちを救いたい、減らしたいと努力しています。これは改善すべき問題点と認識されています。
こうした努力に対して「数匹のネコを殺してもいい」と言うのはまったく失礼なことです。さらに犠牲を増やすことになるのに、それを子猫殺しの言い訳にするのはおかしいのではないでしょうか。
「みんなやってるから私がやってもいい」などといういかにも日本人らしい、子供じみた弁解にすぎなません。
あるいは「毎年戦争でたくさん死んでいるのだから、数人の殺人ぐらい大したことない」という詭弁にも相似しているのではないでしょうか。


「週刊文春」9月14日号(9月7日発売)の東野圭吾の文章について

・「地域ネコ」という用語について

東野氏は「地域ネコ」=「野良猫」と定義していますが、これは誤りです。「地域ネコ」は「野良猫」の単なる言い換えではありません。
地域ネコの定義は様々なのですが、私は「地域で統合管理されている屋外ネコ」と定義しています。具体的には
・個体識別による全頭把握(生息数の把握)
・エサの量の管理
・避妊・去勢手術の実施
が達成されている必要があると考えます。ここまでやらなければ地域社会全体が受け入れてくれないでしょう。エサやりおばさんorおじさんがそれぞれ勝手にエサをやっている状態では「地域ネコ」とは言えないのです。
東野氏は「環境省も、地域猫について、里親を探すなどの対策をしている」と書いていますが、地域猫すべてを引き取ってしまうことなど実際には不可能です。里親探しは多くの施策のうちのひとつにすぎません。このような書き方では地域ネコ対策について間違った印象を与えてしまいます。
東野氏は「地域ネコ」についてまったく理解していないと思われます。

・「(ネコは)害獣扱いするという方針で統一されている」ということについて

これにはずっこけてしまいますね。いったい誰がネコを害獣などと言っているのでしょうか? もちろん、ネコをやっかい物にする人、嫌っている人はいますがすべての人がそうではありません。ですから統一された見解などではありません。
法律上のことで言えば、鳥獣保護法では「ノネコ(野猫)」は狩猟獣に含まれています。ただし、ノネコとは人間から完全に離れて生活しているネコのことを指します。人家周辺でうろうろしているネコはノラネコ(野良猫)として扱われ、ノネコとは区別されています。野良猫は鳥獣保護法ではなく動物愛護法で取り扱われる飼育動物なのです(飼い主がいないように見えても実際には飼い主がいるかもしれず、その確認が難しいためまとめて飼育動物とみなさざるをえないのです。よって、ノネコというのは事実上存在していないことになります)。そして、動物愛護法には「害獣」という言葉は出てきません。
また、ノネコにしても「狩猟獣」=「害獣」ではありません。害獣とは人的被害あるいは農林水産業被害が発生している場合に害獣として扱われるのであって、すべての狩猟獣が害獣になるわけではありません。(「人的被害」とは、継続的に人間に危害を加えるような場合、と考えるべきです。つまり野良猫はほとんど無害なのです。野良犬の方がよっぽど危険です。)
このように、ネコ=害獣というのは法律上もありえないことなのです。


東野氏の文章について言えることは、東野氏はネコの飼い方や地域ネコの実情についてまったく無知であるということです(ただし、自分のネコを完全室内飼いしているのは正しい飼育方法である)。東野氏はネコに対する選択肢として「飼う」「殺す」「害獣扱い」の3つしかないと書いていますが、これこそ無理解の証拠でしょう。よって、この文章全体はまったく説得力を持たないものであると私は断定します。そもそも、子猫殺しが犯罪であるということについてまったく言及されていません。論じられるべきはまずその点ではないのでしょうか。


この事件については次回も取りあげます。


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