Vol. 337(2006/10/8)

[東京タヌキ探検隊!]タヌキと線路とコンビニと

2006年10月1日(日)、NHK総合テレビで放映された「ダーウィンが来た!生きもの新伝説」では、「東京タヌキ 大捜索!」と題して東京都23区内に生息しているタヌキの姿が紹介されました。この取材にはNPO都市動物研究会が協力しています。今回の放送では私はまったく登場していませんが、私がいつもメディア担当をしているわけではないのでこういうこともあります。
さて、今回はこの番組の内容について私から少々補足することにしましょう。


まず最初に。
同番組では鉄道の踏切に生息するタヌキたちが紹介されました。番組をちゃんとご覧になった方は、タヌキは踏切だけでなくいろいろな場所に生息していることを理解してくれたと思います。ですが、「東京のタヌキは線路にばかりすんでいる」と誤解した人は少なくないことでしょう。もし視聴者が正しく認識していたとしても、人の口から口へと伝わっていくうちに確実に変容してしまうことでしょう(残念ながら)。
念のためにはっきりと書いておきますが、東京のタヌキの中には確かに線路に生息しているものがいます。しかし、線路以外に生息するタヌキの方がずっと多いです。誤解されないようお願いします。

さて、タヌキが鉄道線路にすんでいるということについて驚かれた方は少なくないでしょう。電車が走り抜ける線路なんて危険きわまりないように見えます。ですが、実際には線路はタヌキには暮らしやすい場所なのです。その理由を説明しましょう。

・電車はレールの上しか走らないので、それが理解できれば非常に安全
道路は自動車が不規則に走っていて予測不可能です。それに比べれば鉄道はいつも同じ場所しか走らないわけですから、それを学習するのは容易です。

・鉄道は深夜から早朝まで止まっている
タヌキは夜行性です。鉄道が止まっている間はタヌキは自由に行動できるわけです。

・線路には普通、人間は入ってこない
タヌキは人間を非常に警戒するものです。人間がまず入ってこない線路は安心して生活できます。

・線路周辺は草が茂っていることが多い
ということは、それを食べる昆虫やネズミなどがいることになります。そして、それをタヌキが食べるわけです。あるいはタヌキ自身が植物を食べているかもしれません。

・側溝などねぐらや子育ての巣に利用できる場所がある
長期的に生活するには必須のことがらです。

どうでしょう、線路がタヌキにとっていかに暮らしやすいか想像できるでしょう。
もちろん、いつも線路にいる必要はありません。ねぐらは少し離れたところに構えて、深夜だけ線路にやって来る、という生活もあるでしょう(間近ではさすがに鉄道騒音はうるさ過ぎです)。
前にも書いたように、タヌキは線路にばかりすむのではありません。ですが、もし線路の近くでタヌキが目撃されたならば、線路は要注意場所としてリストアップされなければならないほど重要な場所でもあるのです。

なお、当然のことながら鉄道線路でも高架になってしまっている場所にはタヌキはすんでいません。タヌキは高架に入ることができない、というのは当たり前の理由ですが、もし入ることができたとしても植物がまったく生えていない環境では食事を得ることさえできません。
高架といっても最近まで地上を走っていたような場所ならまだ近くにタヌキがいることでしょう。例えば、小田急線の経堂駅以西がこれにあたります。この路線が高架になってからまだ10年も経っていません。

タヌキと線路の関係について、私が最初に気づいたのはずいぶん前になります。最初に23区内でタヌキを目撃したのが1998年。そのタヌキたちがどこから来たのかを知りたくて調査をしたことは「Vol.39[今日の観察]タヌキ移動ルートの探査報告」で書いた通りです。これが1999〜2000年のこと。98年の目撃場所のすぐそばに鉄道が走っていたことは大きなヒントになりました。この時は、鉄道線路はタヌキの長距離移動経路になっていると推測したのですが、同時に線路は日常の生活場所にもなり得るということは容易に類推できることでした。
ですが、線路は鉄道会社の所有地であるため簡単には調査できない場所です。今回のように人目につきやすい場所で目撃されるというのは珍しいことです。


同番組で紹介された踏切、実は、この場所にはNHKが取材していた時期に私も1度行っています。ただし、NHK取材班とはまったく別行動で、彼らが来ていることは知っていましたが何をしているかまでは知りませんでした。残念ながら私が行ったのはタヌキ家族が引っ越した直後で、タヌキそのものを見ることはできませんでした。しかし、現場の状況はしっかりと調査してきました(引越先は容易に推理できました。番組によると私の推理は大当たり)。
ですから今回の番組で何が放映されるかは関心を持っていました。番組を見ながら私が注目したのは親タヌキが運んでくる食べ物でした。ちくわ、ソーセージ、ロールパン、あんパン、メロンパン、コロッケ、フライドチキン…。あからさまに人間由来の食べ物ばかりでしたね(苦笑)。
ところで問題は、タヌキはどこからこれを持ってきたのか、ということ。番組をご覧になった方は、生ゴミをあさったか、どこかの民家の人が与えたものだと思ったのではないでしょうか。ただ、これは生ゴミではなさそうですよね。食品はほぼそのまま元々の形状を保っていました。そして、どれも包装されていませんでした(パンでさえ)! これから推理すると生ゴミではなく、明らかに人間がタヌキのために与えているものと思われます。
普通ならここで推理は終わりなのですが、私はどうも引っかかるものがあってもう少し推理を展開してみました。タヌキが持ち帰ってきた食品を見ると、脈絡がないのです。普通、タヌキに与える食べ物と言えば、ドッグフードかキャットフード、精肉、果物といったものが相場です(こういう食品を推奨するという意味ではなく、これまで私が見聞してきた例です)。ところが、番組登場のタヌキが運んできたのはこれらに当てはまりません。しかもどういうつもりでこんなものを与えているのか、その基準が全然わかりません。なんだか冷蔵庫や台所にたまたまあったものをそのまま与えている、という印象があります。
ううーん、と考えて、私はあることに気づきました。これって、コンビニの商品じゃないの? そう考えると確かにコンビニに並んでいる食品ばかりです。今では夏にもおでんを置いていますしね。すぐに地図を調べてみると……ありました、コンビニ。距離的にも十分到達可能な位置にあります。ということは、あれはコンビニの賞味期限切れ商品だったのでしょうか。
そうするとこれは、コンビニの店員がタヌキに気づいて、売れ残りを与えていたのではないか、という推理ができます。実際はどうだったのかはわかりませんが、この推理、なかなか良さそうに思えませんか?


ところで、またまた誤解してほしくないことなのですが、東京のタヌキは人間由来のものばかり食べているのではありません。番組ではたまたまそういうものばかりが登場しましたが、これはタヌキの食べ物の一例に過ぎません。
実際、NPO都市動物研究会と私でタヌキのフンの内容物(別の場所のもの)を分析していますが、フンの中には自然の中の動物植物の断片もちゃんと入っています。もっとも、人間由来の食べ物はほぼ完全に消化され、フンに何らかの痕跡が残ることはありませんので、どのぐらいの割合で人間由来のものを食べているかまではわかりません。
とはいえ、栄養のバランスなどを考えると、人間が食べ物を与えるのは好ましくありません。野生動物ならば、やはり自然環境の中から得られるものを食べた方がいいでしょう。

同番組では、人間が与える食べ物によってタヌキの健康状態が非常に良くなり、そのため子どもが多い例があるとされていましたが、これも誤解されそうです。
まず、あらゆるタヌキがこのように恵まれているわけではありません。人間を避けてひっそりと生活しているタヌキもいます(だからといってそのタヌキがかわいそうということにはなりません。これがタヌキ本来の生活なのですから)。
それから、子どもの数の多い少ないの原因は実際にはよくわかっていません。一般的に、母親の健康状態によるものと考えられますが、それだけとも言い切れないようです。
私がこれまで見聞した例では、子どもを産まない例もありますし、子どもが3〜4頭という標準的な例もあります。都会のタヌキが子だくさんとは一概に言えません。


番組の感想が書かれたホームページやブログをあれこれ検索してみると、上記のような誤解の他にもさまざまに勘違いされているようです。困った困った(苦笑)。
いやー、テレビ番組って難しいですね。今回の番組もナレーションは間違ったことを言ってないんですよ。でも視聴者の方はその内容を必ずしも正確に理解しているわけではありません。また、テレビ番組は限られた時間の中であれもこれも詰め込まなければなりませんから、どうしても説明不足になってしまうことがあるものです。
それを補うための方策として、とりあえずは、私のこのホームページがその役割をすることにしましょう。

東京都23区内での最新のタヌキ情報については
東京タヌキ探検隊!
のページをご覧ください。

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